今月の総合安全保障プロジェクトの月次報告は、中川真紀・国基研研究員による「最近の中露軍事協力とその影響」と「2個空母編隊の西太平洋遠海訓練」の2本と、大澤淳・中曽根康弘世界平和研究所上席研究員による「狙われる情報空間 中露の認知戦と影響力工作」という構成で実施した。
第1部で中川研究員は、進展著しい中露連携の軍事面の実態について画像を利用して報告し、続いて第2部で大澤上席研究員は、中露連携のうち認知戦協力について報告した。最後に第3部で中川研究員は、中国の2個空母編隊が西太平洋に展開して実施した遠海訓練について詳細な分析を発表した。
全ての発表が終了した後、主要メディアからの質問に丁寧に回答した。発表の概要は以下のとおりである。
【概要】
第1部:「最近の中露軍事協力とその影響」中川真紀・研究員発表
〇中ロ関係進展の流れ
中国とロシアは、かつて中ソ国境紛争(1969年)を経験し軍事的緊張関係にあったが、1989年に関係正常化し両国接近の基礎となった。2001年に「中露善隣友好協力条約」を締結し、台湾独立の反対(第5条)や相互防衛のための連絡・協議(第9条)などが明記された。2025年5月に出された「中国抗日戦争・ソ連大祖国戦争勝利及び国連創設80周年記念共同声明」では、両国の軍事協力・共同演習・共同パトロールの拡大が謳われたが、条約上は中朝友好協力相互援助条約に規定されているような同盟関係ではない。
具体的な軍事協力は、2012年に初の中露2国間共同演習を、2019年に初の共同パトロールを実施し、昨年は海警部隊も加わり、年々拡大の様相を呈している。
〇海上協力(海上共同演習)
中国艦艇が2015年以降、北太平洋のアリューシャン列島を通過しベーリング海に入り米沿岸にまで展開することが確認されている。ロシアが中国に対し海象情報の提供やオホーツク海へのアクセスを容認するなど、各種支援をしているものと推察される。
また2024年9~10月には、中国海警局とロシア国境警備隊が、ピョートル大帝湾で共同演習を、北太平洋公海で共同パトロールを実施するなど、海警船が初めて北極海方面に進出したことが確認されたことも注目される。
加えてロシアは、昨年10月の聯合利剣演習時に中国海軍の動きに連動して日米の監視アセットを引き付けるなど積極的に協力したものの、同12月の台湾侵攻を想定した統合演習開始前には青島に入港していたことから、台湾着上陸作戦には連動していないと思われる。
〇航空協力(共同空中パトロール)
2019年には中露の爆撃機による混合編隊で共同パトロールを実施し、2021年には中国機が露国内に着陸、2022年には中露が相互に相手国に着陸し、互いの基地を共有していることが確認された。
例えば、2021年11月、ロシア国内から離陸した中国爆撃機が日本海に進出し、中国に着陸した。あるいは、中国北部から発進した高高度無人偵察機がロシア領空を通過して日本海上空で活動した。さらに、2024年7月25日、ロシアTU-95と中国H-6爆撃機がアラスカ沖の米ADIZ内を共同パトロールした。3500kmというH-6Kの行動半径から、ロシア空軍基地に前方展開していたと推察される。実際、その前日にはベーリング海に面した露軍アナデリ基地に中国のY-20輸送機2機が所在していたことが衛星画像で確認されている。
つまり、中国軍機は平時からロシア領空を通過するなど、日本海、オホーツク海やベーリング海上空への進出ルートを確保していることを意味し、中国の遠方展開能力の顕著な向上を認めざるを得ない。したがって、配備済みのICBM、SLBMと合わせ、戦略爆撃機によるトライアド(核の三本柱)を完成させ、米への核抑止力を向上させていることは間違いないだろう。
〇宇宙・戦略協力(ミサイル防衛机上演習・戦略演習)
2016年にはロシアで中露初の司令部級共同ミサイル防衛机上演習を実施した。2019年にはプーチン大統領が、中国の早期警戒システム構築に協力する旨を発言した。その後、米国防総省は2024年の年次報告で「中国はすでに弾道ミサイル早期警戒・情報収集等に資する宇宙監視ネットワークを確立」と評価した。
戦略演習に関しては、2018年頃から相互に場所を移して毎年戦略演習を実施している。ロシアは多国参加型で欧米を牽制する狙いが、中国はロシアからウクライナ戦争での統合作戦・無人機・サイバー戦の教訓を吸収する狙いがあり、中国の台湾侵攻とは直接の関係は認められないが、装備品の互換性を確認し、戦時の武器弾薬供与を可能にしていることは要注意である。
〇日米への影響
米国にとっては、中国の遠方展開能力の向上は、米軍の第1列島線への早期展開を遅延させる効果がある他、弾道ミサイル早期警戒・宇宙監視ネットワーク・トライアドの中露協力が、抑止力として働くことに注意を要するだろう。
日本にとっては、日本海及び東シナ海から展開する中国軍アセットに対し少なくとも2正面対処を余儀なくされる他、中露協力活動への監視及び不測事態対応や、新領域、特に中国軍無人機への対抗手段を保持することも緊急の課題となるだろう。
第2部:「狙われる情報空間 中露の認知戦と影響力工作」
大澤淳・中曽根平和研上席研究員発表
現代戦はハイブリッド戦争の様相を呈している。すでに平時から情報空間では、グレーゾーン事態に入りつつあり、情報戦・心理戦(情報操作型サイバー攻撃)や、サイバー戦(機能破壊型サイバー攻撃)で、相手の意思決定を歪める作戦が進行している。
そのうち、ロシアにおいて情報戦・心理戦で重要な役割を担うのが、物語(ナラティブ)といわれる。人の認知領域に対する情報戦は、物語を通して記憶に働きかけ、その結果、個人の感情に影響を与え、実際の行動を引き出す。その手法は、相手社会が内包する矛盾を見極め、その矛盾をフェイクニュースなどの手段で増幅し、亀裂拡大により相手を自滅に追い込むことにある。
例えば、ロシアによる情報戦・影響工作の具体的手法は、メディアサイトを乗っ取りフェイクニュースを流す、機密情報のハッキングとリークにより不満と不安を煽る、DDoS攻撃などで公式な情報を遮断する、公的ウェブサイトを改竄して政府の信頼を落とす、など多様である。その手法を最近、中国が模倣し始めている。
中国では認知領域の戦いを制脳権と呼称し、孫氏の兵法「不戦屈敵」を三戦(心理戦、輿論戦、法律戦)などで成し遂げる。それを実行するのが情報工作組織であり、官営メディア、官民ネットワーク、インフルエンサーが動員される。中央宣伝部で決定されたストーリーを支配的に流していくのが伝統的な中国の手法であったが、近年はロシアの手法を使い偽情報作戦を展開している。
中国の偽情報作戦はロシア型の影響として、これまでは自国の政策を擁護するプロパガンダ発信という手法から、相手社会の不安を増幅させるように変化している。
例えば、2023年のハワイの火災を巡る中国の偽情報の拡散では、火災は米国の気象兵器の秘密テストの結果だという偽情報を、フェイク画像(生成AIの利用)を用いて拡散させており、まさに相手社会の不安を煽るロシア型と言える。
さらに、中国の情報戦では、外国のローカルサイトを乗っ取り、中国政府の主張に沿ったニュースを紛れ込ませる手法も散見される。例えば、日本語の情報空間に長期にわたって影響を及ぼす方法として、Paper Wall作戦がある。偽のプラットフォームを使って偽の情報を拡散する。これは最近、中露が協力して実施していることが疑われており、注意を要する。
第3部:「2個空母編隊の西太平洋遠海訓練」中川真紀・研究員発表
今月7日、中国空母遼寧編隊(ミサイル駆逐艦2隻と高速戦闘支援艦を含む)が南鳥島沖のわが国EEZ内を航行していることを、監視任務中の海上自衛隊が確認した。防衛省の発表では5/25~6/16日までの間、1日の最大発着艦回数(ヘリを含む)は90回を記録した。同じく、沖ノ鳥島沖の周辺海域を航行していた中国空母山東編隊から発艦したJ-15艦載戦闘機が飛行中の海自P-3C哨戒機を追従し、異常接近(水平距離45m)などを繰り返したという。
中国側の報道では、遼寧・山東の空母編隊が、西太平洋等で実施した年度計画に基づく定例訓練で、遠海防衛能力と統合作戦能力を検証したという。
今次訓練の目的の一つは、電磁カタパルト搭載の空母福建の就役を見据えた、遠海作戦能力の検証と思われる。なぜなら、遼寧・山東の両艦とも、スキージャンプ式のため、大型の固定翼早期警戒機を運用できないことから、実戦の場合、中国沿岸のレーダー覆域外で作戦するにはリスクが高い。ゆえに、今回の遠海作戦は福建を運用する際の随伴艦・艦載機の練度向上と考えることに合理性があるだろう。
以上から、福建が就役して3隻体制となった中国の空母運用構想は、スキージャンプ式の空母の遼寧や山東が第1列島線で領域拒否(AD)を、カタパルト式空母の福建が第2列島線で接近阻止(A2)に任じる。さらに空母編隊の練度が向上したならば、福建から上がる早期警戒機が遼寧や山東の艦載機を統制するクロスオペレーションの可能性も否定できないとした。
〇必要な接近阻止に対抗する能力
上記、中川研究員の発表を受け、岩田企画委員(元陸上幕僚長)が、中国の進化するA2/AD能力への対応として、日本は、南鳥島、硫黄島、沖ノ鳥島、大東諸島へのレーダー設置に加え、長距離ドローンを活用し、米国と連携した警戒監視態勢を早急に強化すべきであると提言した。
全ての発表の後、出席記者からの質問に答える形で補足説明も行われ、活気ある議論が展開された。
【質疑応答】
Q:中露軍事協力の関係で、ロシア側が台湾には介入しないが、他の面で中国に協力しているとの説明であったが、ロシアが協力するインセンティブは何か。
A:ロシアは台湾に直接介入しない。中国にとって台湾は解放する戦いなので、当然ロシアであっても外国勢力が介入することは拒否される。ロシアにとって中国への協力は米国への牽制という意味を持つ。ただし、ウクライナ戦争で疲弊しているロシアにとって、軍事的余力は海軍くらいなので、海軍による共同訓練などが目立っている。
Q:中国による認知領域工作の説明の中で、日本に関する偽情報を発信したブロガーの正体は判明しているか。あるいは、その発信源の中国中央宣伝部との関連はどうか。
A:事例として取り上げたブロガーの居住地は中国の山東省までは判明しているが、素性までは明らかにされていない。今回の目的が閲覧数獲得なのか、政府の指示なのかは判然としない。しかし、この情報がバン(利用停止)されていないことから、少なくとも中国政府からは容認されており、何らかの意図を感じる。
Q:今後さらに偽情報作戦が進行すれば、正規のメディアが偽情報を取り込み拡散する危険があるが、正規のメディアが誤認や誤解を拡散しているケースは現在あるか。
A:最近では連日、財務省デモが喧伝されている。行動を起こさせるのが偽情報の目的とすれば、日本社会を弱体化させる一手、国債の信用を失墜させる、そのための行動が財務省デモと考えることも可能である。財務省を毀損することで赤字国債の発行が難しくなれば、防衛費も上げられなくなる。
Q:ロシアによる情報工作に対して現在の欧州はどう対処しているか。
A:欧州では、民間のファクトチェックにEUが金銭を提供している。EUであれば国内政治とは関係なく中立的な介入が可能である。米国では、政府としては介入しないが、プラットフォーマーが自主的に実施している。日本は、政府も民間もほとんど実施していないことが問題である。
この総合安全保障プロジェクト月次報告会は、記者向け報告会とともに、継続実施していく予定である。 (文責 国基研)