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2025.08.01 (金) 印刷する

総合安全保障プロジェクト 月次報告会・メデイア向け報告会  中川真紀・国家基本問題研究所研究員/大澤淳・中曽根平和研究所上席研究員

今月の総合安全保障プロジェクトの月次報告は、中川真紀・国基研研究員による「最近の中露軍事協力とその影響」「漢光演習41号」及び大澤淳・中曽根康弘世界平和研究所上席研究員による「狙われる情報空間 中露の認知戦と影響力工作」という構成で、早朝第1部は、国会議員をはじめ企画委員などに対し、昼からの第2部は、主要メディアに向けて実施した。

当初、大澤上席研究員が、中露連携のうち認知戦協力について報告し、続いて中川研究員から進展著しい中露連携の軍事面の実態について画像を利用して報告、その後、台湾が7月に実施した漢光演習の概要・注目点などを分析・評価し、わが国に対する影響を考察した。

大澤上席研究員の「狙われる情報空間」及び中川研究員の「最近の中露軍事協力とその影響」は、メディア向けには前回実施したが、第1部では未実施だったことから、今回は特に再度実施したものであり、その概要は既報告(6月27日実施)を参照されたい。

第1部:総合安全保障プロジェクト・月次報告会(午前8時~9時)
中川研究員による7月に台湾が実施した軍事演習「漢光演習41号」に関する報告概要は以下のとおり。

【概要】
最初に本報告の趣旨として、中国軍の動向やウクライナ戦争の現実を踏まえ、台湾がどのような現代戦を想定しているのかを紹介することにより、わが国防衛体制の資としたい旨の説明があった。

〇漢光演習の概要
漢光演習は台湾軍が実施する最大規模の統合年次演習(防衛作戦・民間防衛体制)で、今回は中国によるグレーゾーン騒擾や台湾侵攻を想定して3段階で行われた。

まず初めに2月の高級幹部図上演習で、年度統合作戦計画の修正が行われ、次に4月のCPX(指揮所演習)で、2月に修正された作戦計画に基づいてコンピュータによる対抗演習が行われた。そして今回の実動演習(7月9日~18日)で、全部隊が参加し実戦の見地から検証された。

昨年と異なる点は、実施期間が5日(台風で実際は3日半)から10日に伸び、グレーゾーン事態から政府・民間との連携を重視し、より実戦を意識した演習としたことである。

〇演習の注目点
・グレーゾーンから着上陸後まで

グレーゾーン事態では、早期に戦備態勢を確立する必要があることから、敵侵攻前に大量の資器材を集積し、武器弾薬を輸送・保管し、上陸・空挺部隊を阻止する障害を設置するなど、実戦を想定し演習場外を含め全作戦区で実施した。

また、より実戦的訓練として、地下鉄などの公共交通機関や民間地で装備を展開・再補給、幹線道路や橋梁などを実際に封鎖し、陣地構築・戦闘訓練を実施した。

さらに、かつては「海岸殲滅」で終了していた演習を改め、敵上陸後の「都市防衛」のため、政経中枢に至る橋梁(台北の万板大橋など)やトンネルに障害を設置し、遅滞作戦を展開するなど多層縦深防御配置を演練した。

・新装備の戦力化
米国から新たに108両購入したM1A2T戦車80両を受領し、そのうち4両1個小隊が実弾射撃を実施した他、新たに29基購入したHIMARS多連装ロケット砲11基を受領し、7月4日に台中で発足したロケット砲中隊が台北にて展開訓練を実施した。

さらに、海巡署(日本の海上保安庁に相当)の巡視船に雄風対艦ミサイル発射機を搭載・設置し、海軍作戦支援の訓練を実施した他、偵察用無人機の運用訓練も実施した。台湾軍では現在5種類の軍用民生品無人機約3000機を導入中であるが、今次演習終了後に更に2027年までに約5万機の調達を公告した。

・予備役の動員
台湾軍の現役兵力は16.9万人(出典:ミリタリー・バランス)で、徴兵制を復活させ増強を図っている。また予備役兵力は166万人(同)で、作戦当初は26.8万人の応急動員が予定されている。

今回の演習で実施した予備役動員の演習(「同心演習」)は、全国で2.2万人を動員して実施した。特に1コ予備役旅団については約3000人からなる全編成を行い、動員開始から戦力発揮までの所要時間等を検証した。

・軍民総合協力
戦時における民間物資・車両等の徴用・運用は、地方自治体と部隊が相互に協力するが、そのため地方自治体はSOP(標準作業手順書)を作成し、対応部署を立ち上げる。その指示のもと、民間力が主体となり、徴用物資の点検、障害の設置、補給品の運搬、艦艇修理などの演習(「自強演習」)を各地で実施した。

・都市強靭性強化に向けて
戦時の国民生活と軍支援を維持するため、地方自治体が主体となって救命措置や避難誘導、物資の効率的配給などを演練した。通常の訓練は、全国22の自治体で2年に1回実施するが、台北、台中、台南の3つの行政院直轄市は漢光演習の際に併せて実施した。

さらに、地域内の全政府機関・学校・企業・市民等を対象に30分間の警報・避難・交通規制等の防空演習が行われ、避難対象者には旅行者も含まれる等全員参加の方針が伺える。避難場所については、例えば、台北市警察局のHPには防空避難場所がスマホ上のマップに多数明示されており、どこに避難するか一目瞭然なデータが提供されており、市民にとって命を守る上で有用な情報になるだろう。

〇日本が参考にすべき台湾の本気度
展示のための演習をやめ、現代戦遂行のため真に実戦を追求し、戦争準備・国民保護・継戦能力保持のため政・軍・民の役割を明確化した訓練を実施した台湾を、わが国は見習う必要があるだろう。

今回の演習では、グレーゾーンからの周到な準備のための早期の行動開始、実際の作戦場所での訓練などにより、問題点や対策を把握・克服することなどが示された。新装備の面では民生用を含め無人機の大量配備は喫緊の課題であり、民間の人・物を活用するなど、国を挙げて取り組む姿勢は大いに参考になる。

特に、今回の演習には、各国の在台代表機関(大使館に相当)から多数を招待し、米・加・英・独・仏・豪等の国々視察は報道されているが、在留自国民数15000人以上のわが国からの参加は報道からは確認できない(31日現在)。当然担当者は視察しているであろうが、邦人保護のため、他国のように代表(大使に相当)自らが参加しメディアに取り上げられたように、顔の見える関与で在台邦人に安心感を与えることも必要ではないか。

第2部:総合安全保障プロジェクト・メディア向け報告会(午前11時半~午後1時)
昼から実施したメディア向け報告会では、中川研究員から台湾が実施した「漢光演習41号」について報告した。報告の最後に岩田企画委員(元陸幕長)から、今回の漢光演習は軍と民が一体となった全国的な実戦想定で、そのあり方は、わが国も大いに見習うべきと総括した。
報告の後、出席記者からの質問に答える形で補足説明も行われ、活気ある議論が展開された。

【質疑応答】
Q:台湾の軍事演習に民間が大規模にかかわっていることに驚きをもっている。台湾では一般市民の参加に法的義務はあるのだろうか。
A:例えば防空演習不参加には罰金が科せられるので、少なくとも何らかの規制はあると思う。各地方自治体はSOPを作成しており、行政上の強制性をもたせている可能性はある。

Q:今回の漢光演習で民間がかかわるのは初めてということか。
A:昨年も実施している。ちなみに今回の予備役動員演習は「同心35号演習」という名称が示すように、継続実施していることが分かる。しかし、今回は動員等の民間関与の規模も範囲も大幅に拡大しており、重視していることが窺える。

Q:ウクライナ侵攻の教訓として今回の演習に反映されたことは何か。
A:当然ウクライナ侵攻の教訓は研究しており、橋梁破壊による遅滞工作、無人機の大量投入、予備役召集による動員などに反映されている。

Q:防空避難訓練でシェルターを使用しているが、実際に何割の人を収容可能と見積もっているのか。
A:台湾が整備しているシェルターはビルの駐車場や地下鉄の地下通路などを利用し、それらを避難所に指定し、全市民を収容できるようにしている。核対応のシェルターではないものの、8000万人以上の収容能力があり、人口の約4倍に近い。実際の避難の際には、スーパーの地下なら従業員が誘導するなど、事前に決められた手順に従い訓練をしている。

Q:侵攻前のグレーゾーン事態における演習の課題はなにか。
A:台湾にとっての課題は、動員された予備役兵は都市防衛に従事する計画だが、果たして実際に戦力になるかは訓練次第であること。さらに、新装備は導入したばかりであり、戦力化には時間がかかることである。他方、中国軍の装備の近代化には急速な進展があり、それに比較すると無人機の導入も含め大きな後れを取っていると言える。また、認知戦やサイバー攻撃、台湾に既に潜入している工作員への対応も大きな課題だろう。
日本の場合、すべてが後手という印象がある。装備面もさることながら、台湾に比べ日本の民間参加の実態は無きに等しいのであり、今後の大きな課題と言えるだろう。

この総合安全保障プロジェクトの月次報告会・記者向け報告会は、今後とも継続実施していく予定である。 (文責 国基研)