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2019.07.19 (金) 印刷する

「天皇と国民主権~国体関連で」 小堀桂一郎・東京大学名誉教授

 小堀桂一郎東京大学名誉教授は、7月19日、定例の企画委員会におけるゲストスピーカーとして、天皇と国民主権について語った。特に、本年6月に復刻版が出版された法哲学者尾高朝雄著『国民主権と天皇制』をとりあげ、象徴天皇制が国民主権とは矛盾しないという尾高理論について詳しい解説を加え、参会者と意見を交換した。

 小堀教授は、まず尾高氏の著作について語る前に、執筆当時の昭和22年は決定的に情報が不足していた点を考慮すべきという。政府内の事情もさることながらGHQの動きは皆目つかめない。このような事情を差し引いても、復刻版が出版された今、改めて国民主権と天皇制について尾高氏の説を中心に、尾高・宮澤(俊義)論争を眺めてみる価値はある。
 尾高氏は著書で、民主主義の形態である国民主権の規定は、憲法前文及び第1条にあり、民主主義とは、第1に、国民が政治の主体、すなわち主権が国民にあること、第2に、政治が国民の手によること、第3に、国民の福祉を政治の目的とすることにある、と言う。そして、これが日本古来の「国体」にいかなる影響を及ぼすかが問題となる。
 憲法学会の主流派・宮澤氏は、戦後新しい憲法ができたとき、国民主権と天皇制との関係において、国民主権の確立によって天皇制は重大な影響を受けた、すなわち国体の大変革(革命)が行われたことを意味するとした。
 これに対し尾高氏は次のようにいう。国体とは、万世一系の天皇の統治を核心とする国家構造の基本原理とすれば、新憲法で統治権の主体が天皇から国民に移れば大変革となる。しかし、旧憲法(帝国憲法)当時の学説の多くは、ドイツ公法学の影響で、国家法人説を受け入れ、天皇は統治権の主体ではなく国家の作用を司る機関の地位にあると見ていた。すなわち、旧憲法でも、もともと超個人的な共同体としての国民国家が統治権を持っていたのであるから、象徴天皇・国民主権となった新憲法でも、国体の実体は変わらないという。変わったのは主権発動の態様、いわゆる政体であり、主権の在り方としての国体に変化はないことになる。
 ここで、尾高氏はギリシャの詩人ピンダロスの言葉「ノモス(法や掟、伝統など)」を用い、難解なノモス主権論を展開して、国民主権と天皇制が矛盾しないと結論するが、より分かり易い言葉にすると、それは「天」になると小堀教授は易しく説き、結果的にそれが国全体を正しい道へ導くのだという。このような尾高氏の説は、これから改憲へ向けて議論する上で、格好の教材になるとした。

 小堀桂一郎氏は昭和8(1933)年、東京生まれ。東京大学文学部ドイツ文学科卒、同大学大学院人文科学研究科比較文学比較文化博士課程修了。東京大学教授、明星大学教授などを歴任。平成12年第16回正論大賞。主著に『若き日の森鴎外』(読売文学賞)『宰相鈴木貫太郎』(大宅壮一ノンフィクション賞)『さらば東京裁判史観』など多数。(文責・国基研)

19.07.19