前国家安全保障局長の北村滋・北村エコノミックセキュリティ代表は、4月22日、定例の企画委員会にゲストスピーカーとして来所し、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと意見交換をした。
【概 要】
近年、経済・技術分野に拡大しつつある安全保障概念の変化には著しいものがある。特にAI、量子技術、ブロックチェーンのような国民生活、経済活動全体に大きな変化をもたらす革新技術が誕生し、安全保障の分野に大きな影響を及ぼしている。
例えば、量子コンピューターは、軍事作戦で使用する暗号を高度化し、その解読を不可能なものとし、ブロックチェーンは3軍の指揮命令系統をより強靭で回復可能なものとする。さらに、ドローンのような軍民融合技術は、ウクライナ戦でもその有効性が実証され、世界的に需要が高まっている。
また、宇宙、サイバー、電磁波という新たな戦域では、科学技術の優劣が戦闘の勝敗を決するようになり、コロナ禍においては、医事薬事物資のサプライチェーンの確保や基幹インフラ維持の重要性も明確になった。
世界においては、様々な政治、経済、文化、外交、民族、宗教上の問題が生起しており、これらの全てに軍事が解法を与えるわけではない。一方、国家に対する攻撃において、手段も主体も多様化し、安全保障を論ずる上で、経済安全保障という観点が必要不可欠になった。
我が国を取り巻く極東の安全保障環境において、かつて「リスク」と捉えられていたものは、「現在の脅威」に変わった。中国は、西欧的価値観や第二次世界大戦後の世界秩序への挑戦を隠すことも無い。そして、その拡張主義を実現するための手段は、軍事力を行使する前に、経済的手段、技術的手段、政治的手段を駆使し、様々な策謀で相手を弱体化させるというものである。それは、中国伝統の戦略「孫子の兵法」をはじめ「三戦」「超限戦」などに共通する手法と見てよい。
例えば、海保巡視船に体当たりした中国漁船船長を逮捕・勾留すると、中国国内で反日デモを発生させ、レアアースの対日輸出を停止し、日本の先端産業に大きな打撃を与えた(世論戦、心理戦)。「超限戦」では、軍事手段を行使する前に相手方のネットワークを攻撃して電力、交通網を麻痺させ、社会混乱を引き起こすことが想定されている。
台湾有事においても、いきなり台湾海峡を大兵力が渡航する作戦行動はリスクが高い。となれば、「三戦」や「超限戦」で平時から浸透工作を図ることが合理的である。
我が国は、現在進行形の目に見えない作戦にもっと留意し、経済安全保障の視点で有効な対策を講じていかなければならない。
【略 歴】
1956年、東京都出身。東京大学法学部を経て、1980年警察庁に入庁。83年フランス国立行政学院(ENA)に留学。89年本富士警察署長、92年在仏大使館一等書記官。2004年08月 警備局外事情報部外事課長、06年内閣総理大臣秘書官(第1次安倍内閣)、11年12月野田内閣で内閣情報官に就任。第2次・第3次・第4次安倍内閣で留任。特定秘密保護法の策定・施行。2019年9月第4次安倍内閣の改造に合わせて国家安全保障局長・内閣特別顧問に就任。経済安全保障政策を推進。20年7月菅内閣で留任。20年12月米国政府から国防総省特別功労章(Department of Defense Medal for Distinguished Public Service)を受章。21年7月退官。北村エコノミックセキュリティ代表。
近著に『情報と国家 憲政史上最長の政権を支えたインテリジェンスの原点』(2021年、中央公論新社)がある。
(文責 国基研)