公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

最近の活動

  • HOME
  • ニュース
  • 「今後の国際秩序形成における太平洋島嶼国の重要性」 寺澤元一・前駐サモア独立国特命全権大使
2022.07.19 (火) 印刷する

「今後の国際秩序形成における太平洋島嶼国の重要性」 寺澤元一・前駐サモア独立国特命全権大使

7月15日、寺澤元一・前駐サモア大使はゲストスピーカーとして、定例の企画委員会で南太平洋の政治状況について報告し、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと意見交換をした。

寺澤大使が在任したサモアは、南太平洋ポリネシア地域に位置する国土面積が東京都の1.3倍、人口20万人の小さな島国で、その他の島嶼国の地理的条件も大差ないという。そのような太平洋島嶼国は、広大な海域を有する地政学上重要な位置にあるが国際政治ではこれまで重視されてこなかった。しかし最近は環境問題以外にも米中の綱引きの場として話題に上るようになってきたという。

大使は、サモア在任中の経験を踏まえ中国の太平洋地域への進出動向について以下のとおり報告した。

【報告概要】
中国は、太平洋島嶼国に対し経済援助等の外交資源を投入、島嶼国社会に対するプレゼンスを着実に強化。中国の狙いは次のとおり。

  1. 「太平洋二分論」を意識した布石、太平洋島嶼国のうち残る台湾修交4か国の中国への修交転換(親台湾勢力の駆逐)
  2. 一帯一路構想(BRI)-サモアにおける中国の借款・援助
  3. 中国の政策に対する支持獲得外交(中国・太平洋島嶼国外相会議を通じた「反FOIP」、「反ALPS処理水海洋放出」、「反AUKUS」の宣伝強化等)
  4. 国際機関の幹部ポストの獲得キャンペーン
  5. エネルギー分野、通信分野における浸透

太平洋島嶼国は、大国の利害が角逐する太平洋地域において小国としての主権と権益を守るため、国連での14票を強みに結束して「太平洋地域主義」に基づく全方位・中立的な外交を展開。自由主義圏と中国の狭間にあってバランスを保ち、時には、拮抗する大国を競い合わせ、したたかに両者から援助を獲得する外交を展開。

「太平洋地域主義」は、太平洋諸島フォーラム(PIF:島嶼国のコンセンサス・ルールに基づく集団意思決定の場)を通じた集団外交として展開されてきた。この外交の理論構築において、サモアはリード役を果してきた。その背景には、サモアの前首相が長期執権を経て培った外交的知見と安定的に育成された有能な外交当局の存在がある。これらの外交的遺産は、サモアのフィアメ新政権にも引き継がれようとしている。

我が国の外交課題として、法の支配を無視する現状変更勢力との対抗、戦後国際秩序における米国の重しが後退する中で、国連機能の強化(国連安保理改革)、FOIPの実現を促進するためには、国連14票の太平洋島嶼国グループの理解と協力が不可欠。就中、PIFにおいて「太平洋地域主義」をリードするサモアとの関係は重要。

2021年7月に開催された第9回太平洋・島サミット(PALM9)において、我が国は、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)に基づき、オールジャパンでの取組を通じ日本とPIF島嶼国との間の協力を更に強化する「太平洋のキズナ政策」を発表したのに対し、島嶼国はこれを歓迎した。我が国を含むPALM首脳は、今後3年間の次の5重点分野への協力をコミットした。

  1. 新型コロナへの対応と回復
  2. 法の支配に基づく持続可能な海洋
  3. 気候変動・防災
  4. 持続可能で強靱な経済発展の基盤強化
  5. 人的交流・人材育成

2024年の第10回太平洋・島サミットに向けたこれら協力の実行は非常に重要である。

しかし、PALM9のコミットメントを着実に実行していくためには、重要な外交手段であるODAの強化が不可欠である。今、米国の役割が後退していく中、現状変更勢力が国際秩序を脅かすのを阻んで、我が国が米国をはじめとする同盟国や同志国と共に、国際社会でリーダーシップを発揮していくためには、我が国の安保理常任理事国入りや重要国際機関幹部ポストの獲得が重要な目標となる。中露による安保理拒否権を抑止することと並んでこの目標を達成するためには、我が国は、国際社会において島嶼国を含む多くの途上国から支持を確保することが必要。

このためには、重要な外交ツールであるODAの抜本的強化が必要。現在の政府全体のODA予算は5,100億円の規模(うち外務省ODA予算4,428億円)。1997年当時の1兆円規模の半分の水準で停滞している。今後の我が国の外交力の強化を図るため、防衛力の強化と並んで途上国に直接的な影響を与える外交ツールODAを拡充すること、少なくとも、1997年当時の1兆円台に戻すことに政治的なリーダーシップが求められる。

【略歴】
1956年生まれ。1979年天理大学外国語学部朝鮮学科を卒業後、外務省に入省。本省では朝鮮半島を担当する北東アジア課や日米安全保障条約課等で、在外公館では韓国、米国シカゴ、ミクロネシアで勤務。2015年から2018年まで韓国の駐済州日本総領事を経て、2019年から駐サモア独立国特命全権大使として在任、昨年12月に任期を終了し退官した。

(文責 国基研)