元海将の吉田正紀・双日米国副社長(国際安全保障担当)は、2月17日、定例の企画委員会にゲストスピーカーとして来所した。駐在している米国から一時帰国した吉田氏は、現在の米国内の状況を背景に、新しい時代に入った日米同盟について語り、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと意見交換をした。
【概 要】
〇日米同盟の現在地
大統領制の米国ではホワイトハウスの権限が強大である。そのホワイトハウスには大統領に近いインナーサークルがあり、その中には内政問題を扱うグループと対外問題を扱うグループがあり、前者は常に大統領選での再選戦略を見据えている。その動きを見ると、今回の中国気球の問題を大統領選の浮揚材料にとのモメンタムが働いたようである。
実は米国では1月末、日米2プラス2や日米首脳会談などが立て続けにあり、ジャパンウィークと言える時期があった。岸田総理のSAIS(ジョンズホプキンス大学)での講演は立ち見が出て、しかも入場できない人が出るほどの盛況になった。日米関係に米国の目が向いていることを強く感じた。
さて期待を受けた日米同盟について、米政治学者ルトワック氏は日米3.0の時代と表現する。冷戦期を1.0、安倍政権時代を2.0とすると、日米の安全保障関係が制度化された岸田政権の時代が3.0ということ。日米3.0では同盟史上初めて両国の国家安保戦略と防衛戦略がシンクロしたことの意義は大きい。
日米同盟を見るときに水平軸、垂直軸、時間軸という3軸で考えると分かり易い。
① まずは水平軸。先の日米共同声明で注目する用語は同盟の「現代化」である。オバマ政権時に言われた「近代化」はネットワーク化のことであった。今回は水平軸(地理軸)の拡大、つまり「地理的境界の劇的拡大」ということ。日米同盟は極東に限定されるものではなく、グローバルサウスやNATOにまで拡大して安全保障を強化するという発想である。
② 次に垂直軸。同盟間の指揮統制系統の深化、ファイブアイズの加入を含む深い情報共有体制、防衛産業間の協力拡大などである。様々な階層における深みのある協力体制を構築することが重要である。
③ 時間軸でいうと、優先順位をつけて、如何に早く統合抑止力を日米で構築するかが課題になる。例えば台湾有事の場合、バーンズCIA長官によると、2027年までに中国は軍事作戦の準備を整える情報があるという。あるいは、ミニハン米空軍大将のメモによれば2025年までに整うらしい。時間軸で見ると、すでに台湾侵攻の着手段階は過ぎていることが分かり、悠長に構えてはいられないのである。
〇2023年日本が直面する課題
岸田総理がSAIS講演の中で主張していたとおり、今後日米が直面する課題は、G7を中心とする西側同志国の結束強化、いわゆるグローバルサウス(発展途上国)の取り込み、中国との関係になる。
国際秩序にとって目下の緊急課題はウクライナ戦争だが、ロシアと停戦交渉に持ち込むには、ウクライナ軍が際立った戦果を上げる必要がある。問題は戦車の供与と戦力化のタイミングである。5月が分岐点になるのではないかという指摘もあり、予断を許さない状況だ。戦況の推移にもよるが、ロシアが戦術核の使用に踏み切る可能性もある懸念があり、日本にも大きな課題を投げかけるだろう。
最後に中国偵察気球の問題にも触れておきたい。米国上空を横断した気球を米国は撃墜したが、その判断には米国内にも賛否がある。当然中国は反発しているが、実際に中国の意図が分からない以上、米中関係が不安定な状態は継続する。ただしこの事件で、米国の一般大衆にまで、嫌中意識を浸透させたという意味は小さくない。他方、気球が日本に飛来したなら直ちに撃ち落とすのか。政治決断が求められる。
2023年の上半期は、日本がG7議長国として国際秩序の安定や米中関係に、よりアクティブな役割を果たすタイミングではないかと考える。
【略 歴】
1979年に防衛大卒業(第23期)、在米日本大使館防衛駐在官、海幕指揮通信情報部長、海自幹部学校長などを歴任、2014年に海自佐世保地方総監を最後に退官。2016年まで慶應義塾大学特別招聘教授として勤務し、2015年から現職。
双日総合研究所「季報」などで国際安全保障に関する多数の論稿を発表している。