公益財団法人 国家基本問題研究所
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2011.01.07 (金) 印刷する

国基研代表団が訪印

国家基本問題研究所は平成22年12月12日~19日までニューデリーに代表団を派遣し、インド政府高官やシンクタンク研究者と対中認識などについて意見を交換しました。

一連の会合では、中国の「傲慢」な行動を抑制するため日印両国が安全保障分野で協力する余地が大きいことを確認。また、有力シンクタンクのインド世界問題評議会(ICWA)が国基研のために開いたセミナーで、櫻井よしこ理事長は憲法改正の必要を盛り込んだ講演を行い、大方のインド側研究者の共感を得ました。

高名な戦略家であるブラーマ・チェラニー氏(政策研究センター教授)は国基研代表団との会見で、中国の「思い上がった」行動を阻止するため、日本、インド、韓国、ベトナムなど周辺国は連動した戦略的関係を結ぶべきだと提唱。また、日本、インド、中国を三角形の3辺に例え、「短い2辺(日本とインド)を足せば長い1辺(中国)より常に長くなる」と述べ、日印関係の拡大で中国の拡張主義に対抗する必要を強調しました。同氏はその後の国基研への寄稿で、日印だけでなく米ロを加えた4カ国が結束すれば、中国中心の新秩序がアジアに出現するのを阻止できると指摘しました(同月 20 日付「今週の直言」)。

ICWAでのセミナーでは、インド側出席者から、「日本政府がインドとの戦略的協力に前向きなのはうれしいが、今のところ多国間合同軍事訓練と軍人の相互留学にとどまっている」として、軍事協力の現状に不満が表明されました。日印協力がアジアの安全保障のカギを握るには、日本の憲法9条改正や武器輸出3原則の見直しが必要だとの意見も出ました。

退役軍人らで構成する新興のビベカナンダ国際財団(VIF)との会合では、自己主張を強める中国への対応と、日印協力の在り方について、国基研とVIFで共同研究をしたらどうかとの提案が先方からありました。

VIFのバクシ副所長は日印軍事協力が可能な分野として、①海賊対処のための海上自衛隊とインド海軍の協力 ②弾道ミサイル防衛―を挙げました。「海賊対処のためならどの国も反対できない」であろうし、「日印とも中国の中距離弾道ミサイル東風 21 の標的となっている上、中国が開発中の対艦弾道ミサイルが完成すれば、中国軍の能力は一層増す」ので、この2分野は日印協力対象にふさわしい、という説明でした。

海上自衛隊とインド海軍の協力が将来的にあり得るもう一つの分野として考えられるのは、両国の国益にかなう南シナ海での航行の自由の確保です。代表団と会見したメノン首相補佐官(国家安全保障担当)は南シナ海へのインド海軍の派遣について、「東南アジア諸国連合(ASEAN)が望んでいるとは思わない。中国も望まないだろう」と語り、必ずしも積極的ではありませんでしたが、研究者レベルでは前向きな意見が聞かれました。

(ちなみに、海上自衛隊の南シナ海派遣に関しては、国基研の訪印前の 12 月 9 日、元海将補の川村純彦氏が国基研企画委員会にゲストとして出席し、海上自衛隊に南シナ海での日米合同パトロールに参加してほしいという要望が米側にあることを明かしました。その関連で同氏は、①那覇基地に所属するP3Cが南シナ海で哨戒活動を行うことは能力的に可能 ②南シナ海での哨戒活動に日本の法改正は必要ない ③南シナ海は中国の領海外なので中国から非難されるいわれはない―と述べ、日本政府が決断しさえすればP3Cのパトロール参加は可能との説明がありました。)

代表団のメンバーは櫻井理事長のほか、田久保忠衛(副理事長)、高池勝彦(理事)、島田洋一(評議員)、大岩雄次郎(評議員)、石川弘修、冨山泰の各企画委員でした。

代表団が会見したインド側の主な人物は次の通りです。

● 政府高官
シブシャンカル・メノン首相補佐官(国家安全保障担当)
ガウタム・バンバワリ外務省東アジア局長

● 元政府高官
カピル・シバル元外務次官
ティブ・ダウレット・シン元外務次官
ジャヤデバ・ラナデ元官房副長官

● 研究者
ブラーマ・チェラニー政策研究センター教授(戦略研究)

● シンクタンク
インド世界問題評議会(ICWA)
サディル・デバレ所長(元外務次官)、ビジャイ・サクジャ調査部長ほか

国防調査分析研究所(IDSA)
ラジャラム・パンダ主任研究員ほか

オブザーバー調査財団(ORF)
K・V・ケサバン特別研究員
アフターブ・セット元駐日大使ほか

ビベカナンダ国際財団(VIF)
アジット・ドバル所長(元情報局長官)
サティス・チャンドラ特別研究員(元国家安全保障担当副補佐官)ほか

● ジャーナリスト
C・ラジャ・モハン(インディアン・エクスプレス紙コラムニスト)

 
櫻井理事長のICWAでの講演(邦訳)

デバレ所長、サクジャ調査部長、インド世界問題評議会(ICWA)のお仲間たち、そしてご参集の皆さん。本日は、この評議会でスピーチをする機会を与えてくだり、ありがとうございました。ICWA のように、設立されて 67 年もたつ伝統あるシンクタンクで講演できることは、大変光栄です。


ICWAでのセミナー風景

私が理事長を務める国家基本問題研究所(JINF)は、できてからまだ 3 年の小さなシンクタンクです。しかし、私たちはあらゆる点で自由な純民間の研究所として、独立自尊の日本国の構築に一役買いたいと念じています。私たちはまた、日本に真のあるべき姿を取り戻し、21 世紀の国際社会に大きく貢献したいという気概を持つものです。

ユーラシア大陸の東部には有史以来、巨大な勢力としての中国諸王朝が存在し、そこから鉈なたのように突き出た朝鮮半島の先に、日本は位置しています。大陸の中国と島国の日本との関係は、近現代史において常に緊張を生んできました。また、日本に敵対的な勢力に朝鮮半島を支配させないことは、久しく日本の国家安全保障上の大問題となってきました。
この地政学的な位置関係が、過去、現在、未来の日本の立ち位置を決めます。日本が近代化した 19 世紀後半以降に戦った日清、日露、日中、日米の戦争はすべて、この地政学的な位置と密接な関係がありました。

戦後の日本は、日米同盟を中心に国家安全保障を図ってきましたが、国家の体質は自立できないものに変わってしまいました。それには二つの大きな理由があります。一つは、日米同盟が続くうちに米国の軍事力への依存心が強まり、独立自尊の精神が次第に希薄になってきたことです。

二つ目は、米軍の占領下で連合国軍総司令部(GHQ)から日本に事実上押し付けられた日本国憲法の効果が絶大だったことです。1952 年に日本が主権を回復してから 60 年近くの間、国会は憲法改正の発議を避け、国民もそれを受け入れてきました。1950 年の朝鮮戦争発生を機に警察予備隊(自衛隊の前身)がつくられましたが、「戦争放棄」を規定した憲法 9 条に基づく制約が多く、普通の国の軍隊とは言えません。

同じ敗戦国のドイツは一人前の国軍を持ち、北大西洋条約機構(NATO)の一員として欧州防衛義務を負うほか、議会の事前承認により NATO 域外への派兵も可能で、アフガニスタンの国際治安支援部隊(ISAF)などに参加しています。日本が後方支援や復興支援のため自衛隊を海外に派遣しても、派遣先を「非戦闘地域」に限定しているのと大きな違いです。日露戦争の勝利でアジア諸民族に独立への希望を与えた日本が、わずか 7 年間の米軍の占領でなぜこれほど自立心と責任感を失ってしまったのか、残念でなりません。

私たちが国基研を創設した理由の一つは、「不戦主義」(pacifism)の深い眠りに陥った日本人を覚醒させることにあります。そのために、国基研は政策提言を随時発表し、シンポジウムを定期的に開いてきました。今年 6 月には日米安保条約の改定 50 周年を機会に「インド洋の覇権争い」をテーマに国際シンポジウムを東京で開催し、インドからは世界的な戦略家として著名なブラーマ・チェラニー教授をお招きして、米国、中国、日本の専門家と議論を交わしていただきました。

21 世紀の日本にとって国運を左右するほどの重大性を帯びているのは、台頭する中国にいかに対処するかです。中国の国内総生産(GDP)は今年にも日本を抜き、世界 2 位になろうとしています。その経済力に支えられ、中国の軍事費は 1989 年から 2009 年まで 21年連続で二ケタの伸びを続け、実質的な軍事支出でも中国は米国に次いで世界 2 位になったと推定されています。

日本が強大化する中国の脅威にさらされ、国家主権すら脅かされている現実をまざまざと示す事件が今年 9 月にありました。それは、東シナ海の尖閣諸島付近で起きた中国漁船による日本領海侵犯および海上保安庁巡視船への体当たり事件であり、日本は中国政府の恫喝に屈し、逮捕された漁船船長を処分保留のまま釈放するという惨めな外交的敗北を喫しました。

中国政府は北京駐在の日本大使を、深夜を含め何度も呼びつけ、東シナ海ガス田共同開発の合意を一方的に破って単独で掘削を始め、要人や観光客の訪日と日本の訪中団受け入れを取りやめ、レアアース(希土類)の対日輸出を一時停止し、日本人ビジネスマンを事実上の人質として身柄拘束するなど、日本に圧力をかけ続けました。

尖閣諸島は 1895 年に無主の土地として沖縄県に編入された日本固有の領土であり、1969年までは中国も尖閣諸島を日本領と認めていました。ところが海底石油資源の存在が有力視されると、中国は一転して領有権を主張し始め、92 年には領海法を制定し、南シナ海と南沙、西沙諸島などに加え、東シナ海と尖閣諸島も中国領だと一方的に宣言したのです。

中国は南シナ海で、東南アジア諸国連合(ASEAN)の各国に対し、海軍力を行使または海軍力で威嚇して、実効支配を拡大してきました。これと同じことが、尖閣諸島のある東シナ海でも起ころうとしています。

中国の傲慢さは最近、領有権問題以外でも顕著です。投獄中の民主活動家、劉暁波氏へのノーベル平和賞授与を声高に批判し、夫人を自宅軟禁して、授賞式に代理出席することさえ許しませんでした。

朝鮮半島情勢をめぐっても、私たちは中国の動きを警戒しています。北朝鮮の独裁者金正日の死後、北朝鮮で国内の統制が取れなくなる混乱状態が起き、その機に乗じて中国が北朝鮮に従中政権を樹立して影響力を拡大する恐れがあります。また、中国は、中長期的には北朝鮮だけでなく朝鮮半島全体を衛星国化することを目指しているのではないでしょうか。そうなると、日本の国家安全保障にとり、朝鮮半島が敵性国家の支配下に入るという看過できない事態となります。

本日、特に強調したいのは、日本への直接的脅威である北朝鮮の核開発は、パキスタンを介してインドの国家安全保障へも重大な影響を及ぼしたという点です。北朝鮮は、重油支援などと引き換えに 1994 年に米国と結んだ核開発凍結合意をひそかに破り、パキスタンからウラン濃縮技術を導入して、見返りにパキスタンに中距離ミサイルの製造技術を提供するという取引を行いました。パキスタンは北朝鮮から提供された技術を基に中距離ミサイル「ガウリ」を開発し、インドを標的とする核兵器の運搬手段を手に入れたことは周知の事実です。

インドはパキスタンの核運搬手段獲得を受け、核抑止力を高めるため 1998 年に核実験を行いました。日本政府はこれに強く抗議し制裁を加えましたが、パキスタンに流れた北朝鮮のミサイル技術は、日本から朝鮮総連を通じて北朝鮮に入った先端技術と部品なしには開発できなかったのです。そのことを無視してインドの核実験を非難した日本政府の姿勢は、公正さを欠くと言うべきでしょう。

日本国民はインドに非常に親しい感情を抱いています。インドに生まれた仏教は 6 世紀に日本へ伝来し、日本人の精神生活のバックボーンとなって、今日に至っています。20 世紀の初め、日本の美術家・岡倉天心とインドの詩人ラビンドラナート・タゴールの親交は、両国文化交流の礎を築きました。インド独立運動家のスバス・チャンドラ・ボースは日本の支援でインドの独立を目指し、仲間のラス・ビハリ・ボースは亡命先の日本で独立運動をする傍ら、本格的なインドカレーを日本に紹介し、日本の食文化に貢献しました。

日本国民はとりわけ戦後の極東国際軍事裁判で、ラダビノード・パル判事が連合国に日本を裁く権利はないと被告全員の無罪を主張したことに、深い恩義を感じています。

良好な国民感情以外にも、日本とインドには、互いを結び付ける三つの共通の立場があります。第一に、ユーラシア大陸の南端に位置するインドと、東端にある日本は、中国の膨張に共通の懸念を抱く国家同士として、安全保障問題で協力を深めることができます。

私たちはインドと中国の間に国境問題が存在することを承知しています。また、インド洋沿岸諸国に中国が相次いで港湾施設を建設するなど、中国の海軍力増強にインドも懸念を抱いていることを承知しています。中国は北朝鮮と結託して日本の安全を脅かしているように、パキスタンと手を組んでインドに脅威を及ぼしました。「中国問題」は日印共通の安全保障問題なのです。

第二に、日本とインドは自由、民主主義、法の支配、人権といった価値観を共有しています。日印両国は、同じ価値観を持つ米国、オーストラリア、韓国、台湾、ASEAN諸国などとの連帯を深め、共産主義の中国を牽制していくことができます。

第三に、日本とインドは、アジアの平和と安定の維持のため、米国とどういう協力体制を取るかで協調することができます。米国との同盟は引き続き日本外交の基本ですが、日本は国際的な安全保障上の責任をもっと果たさねばなりません。差し当たっては、同盟国に対して集団的自衛権を行使できないという奇妙な憲法解釈の変更や、武器の国際共同開発すら禁じている武器輸出 3 原則の改正に取り組む必要があります。究極的には、国の交戦権を否認した憲法を改正し、自衛隊を真の「国軍」にすることが必要です。

インド洋方面での日本の安全保障分野での責任に関しては、アフガニスタン領内の反テロ作戦への後方支援として海上自衛隊がインド洋上で行ってきた多国籍軍艦艇への給油活動(国基研などの反対を押し切り、民主党政権が今年 1 月に打ち切り)と、ソマリア沖・アデン湾における海上自衛隊による海賊対処の船舶護衛と哨戒飛行(継続中)は、高い国際的評価を得ました。日本の自衛隊はこの種のプレゼンスを拡大すべきです。

また、中国が脅かしつつある南シナ海での航行の自由の確保に、インド海軍だけでなく、海上自衛隊が引き受けるべき責任も検討しなければなりません。

私たち国基研は、そのように日本を一人前の国家にするための研究、提言活動を引き続き行っていく決意です。ご清聴ありがとうございました。(了)

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