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2023.11.13 (月) 印刷する

『日本経済の処方箋』 本田悦朗・元内閣官房参与

国基研企画委員で元内閣官房参与の本田悦朗氏は、11月10日、国家基本問題研究所において、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員に対し「日本経済の処方箋」と題してわが国の経済問題について述べ、その後意見交換した。講話の概要は以下のとおり。

●デフレ不況への対応を概観する
当初、財務省はバブル経済崩壊後のデフレ不況を日銀の問題と考えていたので、脱却のための特段の対策を講じていなかった。むしろ、デフレによる超円高を歓迎していた。また、日銀もデフレ脱却まではゼロ金利政策を維持することとしていたが、デフレ状況に改善傾向が見られるとして、まだデフレから脱却していない2000年8月にゼロ金利政策を解除してしまった。他方、米連邦準備銀行のグリーンスパン議長やバーナンキ議長は日本経済に強い危機感を持ち、注意深くウォッチしていた。

デフレによって消費や内需が伸びず、先進国で、日本だけが成長を止めている。GDPの国際比較をドルベースで行うと、最近の円安で格差がますます拡大しているように見えるが、我々は円ベースで生活しているので、格差自体は問題ではない。問題は円ベースで日本経済が成長していないことである。円安傾向は輸出を促進し、また、産業の国内回帰を促すので、我が国の経済成長にとってプラスである。

●足し算引き算の経済観を排す
身近な経済常識を国民経済全体に当てはめると大きく政策を間違う。マクロ経済は、個々の経済主体の単純な足し算・引き算では測れないのである。例えば、「減税すると税収が減る」というのは正しいのか。消費税を減税すると、実際に消費しないと減税の利益が得られないので、減税額以上に消費が増え、それが経済成長をもたらす。経済が成長するとその何倍かの税収が増えることになる。要するに減税しても成長すれば税収は増えるのだ。ただし、1回限りの給付金や所得税減税では効果がほとんどない。貯蓄に回ってしまうからである。また、「物価は下落する方が生活は楽になる」というのも、物価の下落以上に所得が低下するので、消費者にとっても、社会全体にとっても損失となる。さらに、「デフレだから供給力を抑えればよい。そのためには生産性の低い企業は淘汰されるべきだ」というのも誤り。倒産すれば失業者が増え、総需要がもっと減るからである。

このように、ミクロの単純な合算はマクロの結果とはならないことを再認識しておく必要がある。

●国債発行は将来世代の負担か
「国債発行は、その償還のために将来増税が必要だから、将来世代の負担になる」という誤った考え方をしている人が政府内にも多い。経済の世界では「負担」というのは、「実質的な消費可能額が減ること」を言う。もし、国債を発行して金利が上がれば、設備投資が減少することになり、生産性が落ち、その結果、生産量が減るので消費可能額も減るだろう。それは「将来の負担」になる。しかし、現在はデフレ傾向が続き、国債をいくら発行しても民間投資と競合せず、また、金融緩和を続けているので金利は上がらない。だから将来世代の負担にはならないのである。また、仮に将来世代に増税して償還したとしても、増税される世代と償還を受ける世代が同じであり、そのこと自体負担とは関係がない。

●日本経済の処方箋
日本経済は、1990年にバブル経済が崩壊し、デフレ現象を含む長期停滞に陥って以来、30年あまりが経つ。これは単なる景気循環としての不況ではなく、不況が長期間継続することによって国民の将来予想が悪化し、デフレマインドが定着することによって消費者のみならず、企業経営者や投資家の行動が変容してしまったことに起因する。従って、このデフレマインドを完全に払拭し、国民が、将来に希望の持てる経済社会を構築するという積極的なマインドを持てない限り、小手先の一時的な景気対策だけでは、現在の長期不況は乗り越えられない。

足元、世界経済は、コロナ禍による経済悪化から急速に回復しつつあり、インフレが高止まっている。我が国経済も、輸入インフレを主因に物価、特に食料品の物価が急速に上昇しており、消費者のデフレマインドが払拭されつつあるとともに、企業経営者も賃金引き上げの必要性を痛感している。また同時に、円安傾向が続いているので、輸出企業やその関連企業は来年に向けて賃上げに積極的な態度を見せている。今こそ、賃金と物価の好循環を定着させ、デフレマインドを完全に払拭し、一層の人手不足経済を実現すべきである。そうなれば、企業の生産性は向上し、国民の安定した所得上昇も期待できる。出生率の改善、急速な人口減少の回避、税収増も実現するだろう。

その観点からすると、残念ながら、今回の総合経済対策(11/2閣議決定)は顕著な効果が期待できず、何を目的としているのか分からなくなっている。全てのタブーを排し、2%ほどの緩やかなインフレマインドが定着するまでは消費税の食料品ゼロ税率を実現すべきである。全てはそこから始まる。デフレマインドの払拭に成功すれば、起業家のアニマルスピリットが回復し、日本経済の環境が決定的に変化する。今がその千載一遇のチャンスである。いわゆる「新しい資本主義」は、賢明な日本国民は政府に言われなくても、十分に理解している。今、必要なのは、「国民の行動変化を引き起こすに足りるマクロ経済環境変化を実現できるかどうか」である。今回の経済対策のような「やったことにしておく」程度の政策ではインパクトが不十分で、デフレ完全脱却には至らないであろう。

日銀の金融緩和の継続の元で、消費税減税と積極的な財政出動を果敢に行う、これが日本経済再生のための「唯一の道」である。

【略歴】
1955年、和歌山県出身。1978年、東京大学法学部を卒業後、大蔵省に入省。財務省を含め34年の官公庁勤務を経て2012年退職。2012年から静岡県立大学教授、内閣官房参与、明治学院大学客員教授などを歴任、2016年6月からスイス駐箚特命全権大使(リヒテンシュタイン侯国兼轄、欧州金融経済担当大使を兼務)し、2019年に退職。主な著書に『アベノミクスの真実』(幻冬舎、2013年)がある。

(文責 国基研)