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2024.04.01 (月) 印刷する

「駐豪大使の目から見た外交最前線と日本外交の課題」 山上信吾・前駐オーストラリア特命全権大使

山上信吾・前駐オーストラリア特命全権大使は、3月29日国基研にゲストスピーカーとして来所し、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと意見交換をした。

山上大使は昨年末に外務省を退職され、現役時代に言い残したことを著書『南半球だより』『中国「戦狼外交」と闘う』において明らかにされた。また5月には新刊「日本外交の劣化:再生への道」も出版するという。退官後最初の講演は国基研に決めていたという大使の話には、40年間の外交官人生を締めくくる強い思いを感じた。

【概要】
1 駐豪大使から見た豪州と日本外交
2年半のキャンベラ生活で「古い豪州」と「新しい豪州」を見てきたが、日本外交は「新しい豪州」にまだ対応できていないと感じた。

(1)古い豪州
かつて豪州には白豪主義があった。米加とは同じ移民国家であるが、先住民には厳しく、また日本からの移民を長らく受け入れなかった歴史がある。東京裁判の時のウェッブ裁判長も豪州人だったことも想起される。
司馬遼太郎氏の小説『木曜島の夜会』でも描かれた豪州の木曜島は、明治から昭和初期、和歌山県から白蝶貝(高級ボタンの素材)採りのダイバーが訪れた島。そこは日豪の最初の接点ともいえ、先人が大変な思いをされてきた歴史があることも忘れてはならない。

またWTO農産物交渉においても、ジュネーブで日本の農産物開放を迫る米国より豪州代表部の方がしばしば強硬に出てきたという面がある。
他方、以前にも紹介した「764-942」という数字。日本が輸入する石炭の7割、鉄鉱石の6割、天然ガスの4割は豪州産。また、砂糖の9割、牛肉の4割、小麦の2割も豪州産。従来から、日本のエネルギー、食料安全保障上不可欠な貿易相手国である。

(2) 新しい豪州
かつての白豪主義から今や多文化共生主義へと変貌を遂げた。移民の多くが中東や中華系を含むアジアからである。10万人近い在留邦人もいるが、多くは選挙権を持たないことから政治的影響力は小さい。他方、移民として在留する韓国系が従軍慰安婦像設置など政治活動を行うことへの日本政府の感度は低いまま。

貿易面では、TPPでの協力など、地域、世界の自由化やルール作りで共闘する間柄だ。

また、資源の面で脱炭素化の流れがあることも軽視できない。日豪は「764」の石炭、鉄鉱石、ガスの分野で重要な貿易相手国だが、地殻変動的な脱炭素化の流れに今後どのように対処するのか。日本の立場を粘り強く働きかけることをはじめ、早急な対策を要する課題である。

(3) 日豪関係の将来
日豪関係は、エネルギーと食糧安全保障上重要な国であるばかりでなく、軍事的関係も必要不可欠な存在になってきた。日米同盟以上の役割を果たしうる関係とさえ言える。

外交の現場で米国を相手にする時、豪州と共に働きかければ米国が同意する傾向がある。米国にとって豪州は最も「緊密な」同盟国で、日本は最も「重要な」同盟国という言葉がある。それだけ、米国は豪州を大切にする。逆に豪州人は日本人に親近感をもつ傾向があることから、豪州を味方につけておくことは日本の国益に適うだろう。

ただし気を付けるべきは、基本的価値や戦略的利益を共有していても、常に確認しておかないと危ういこと。在京豪州大使でさえ「日本は中国とうまくやっている」という甘い認識を持っていたのだから。

(4) 左派政権の影響
現政権下において、豪州保安情報機関(ASIO)と秘密情報機関(ASIS)の長官が国家安全保障会議(NSC)から外され、代わりに気候変動大臣が入った。現在の豪州労働党政権は「左の中の左」であるが日本政府はまだ認識が浅く対応しきれてないと感じる。

アルバジーニー首相が就任早々、QUADへのコミットメントとAUKUS維持との発言までは良かったが、現在はトーンダウンし、ケビン・ラッド政権時代に先祖帰りしたような状態に。今こそ日本が豪政権へのアプローチを強化して、豪州と対中認識の緊密なすり合わせが必要である。

2 古巣・外務省の課題
豪州大使として勤務した時、多くのインタビューを受け対外発信した。しかし、現在はその反動からか発信が少ないように感じる。そこで外務省人生の総括として、いくつかの点を問題提起したい。

(1)弱腰外交、貧弱なロビーイング力
40年間の外務省勤務の中で日本外交に足りないと感じたのは、国の内外を問わず交渉力とかロビーイング力と言われるもの。例えば、インドでG20外相会合が行われた時、林芳正外相(当時)が訪印しなかった件。外交上は絶対に外相は行くべきだった。しかし外務省による政府内での事前の根回しが不十分で参議院予算委員会への出席となった。その結果QUADの要インドから失望され、大失態となったのである。

 また、ナンシー・ペロシ米下院議長(当時)が訪台した際に中国から日本EEZにミサイルが撃ち込まれた件では、その時、在京中国大使を呼びつけもしていない。これも弱腰外交の典型と言えるだろう。

(2)惨憺たる対外発信力
二つ目は対外発信力。例えば尖閣諸島の件はどこに出しても勝てる案件なのに発信が足りていない。1895年に日本に編入し、1971年になって中国が文句を言い始めた。その間、ずっと中国は黙認し続けた。加えて大東亜戦争後、尖閣諸島の一部で米軍は射爆訓練を実施したが、中国は文句を言わなかった。だから法的には全く問題はない。しかし現に紛争(中国の一方的現状変更の企て)があるのに、領土問題は存在しない前提だから発信をしないということでは、世界の理解と支持を得られないのである。

福島原発処理水の件でも受け身でしかない。中国の過剰な禁輸措置に対しWTO提訴も行わない。対外発信をしない、公の場で議論をしないという姿勢では、国益を損なうばかりである。

(3)歴史戦の白旗
歴史戦では腰が引けた状態が継続している。例えば、大使公邸に旭日旗を掲揚しようとしたら外務次官から反対されたことがある。自国の軍隊記念日に軍旗を掲揚することは在外公館なら自然な行為である。しかし、自衛隊記念日に自衛艦旗を掲揚してはならないという理屈は理解できない。これでは中韓世論を気にして戦う前から白旗を上げるに等しい。
 在外公館は外交の主戦場との思いで勤務した駐豪大使を最後に、このたび外交官人生を終えた。今後は「吏道の衰退」を憂いながら「一隅を照らす」気持ちで民間外交の場で地道な活動を展開していきたい。

【略歴】
1962年、東京都出身、1984年、東京大学法学部卒、外務省入省、北米局北米第2課長、国際法局条約課長、茨城県警警務部長、在英国日本大使館公使、国際法局参事官、審議官、2015年には日本国際問題研究所所長代行、2017年に国際情報統括官、2018年に経済局長、2020年に駐オーストラリア特命全権大使となり、昨年暮れに退職。現在はTMI総合法律事務所特別顧問。 (文責 国基研)