名越健郎・拓殖大学客員教授は、7月5日(金)、国基研企画委員会にて、6月19日に行われたプーチン・ロシア大統領の北朝鮮訪問について解説し、企画委員らと意見交換した。
その概要は以下のとおり。
【概要】
プーチン大統領の訪朝
6月19日の午前2時、プーチン大統領が北朝鮮の平壌に到着。その日の12時から歓迎式、首脳会談、条約調印と記者発表という公式行事が立て続けに行われた。ロシア側の同行者を見ると、外相、国防相、第一副首相兼産業貿易相、運輸相、ロシア鉄道社長、極東知事、宇宙開発公社社長、天然資源相で、北朝鮮の要求にこたえるような布陣であった。
ロシア記者のルポによれば、プーチン氏は「24年ぶりの平壌は立派になり感銘を受けた」、「予想外の歓迎」とのことで、良好な印象を持ったものと伺える。
包括的戦略パートナーシップ条約の意味
今回の条約締結については、同盟という新しい水準に引き上げたとする論調が見られるように、確かに2000年の「露朝友好善隣協力条約」に比べて、踏み込んだ内容となっている。
「露朝いずれかが武力侵攻を受け、戦争状態に陥った場合(中略)遅滞なく、保有するあらゆる手段で軍事的、その他の援助を提供する」という条文は、2000年の条約にはなかった。しかし、破棄された1961年の「ソ朝友好協力相互援助条約」に定められていた内容と同じで、それを今回復活させたということである。
現状、ロシア軍が北朝鮮領内に駐留しないことから、日米安保条約と同じレベルとまではいえないが、軍事同盟であることは確かである。
露朝軍事協力
ロシアのウクライナ侵攻後、露朝両国の関係は劇的に密接になった。それまでは駐北朝鮮ロシア大使館は縮小、貿易額も少なかった。2022年の侵攻を契機に、北朝鮮がロシアに対し、砲弾約300万発や短距離ミサイルなどを提供、その見返りにロシアは北朝鮮に、石油や小麦粉などの食料を提供した。
加えて、北朝鮮はロシアから原潜・SLBM、衛星打ち上げ、核弾頭小型化、ICBMの関係技術を要求しているとも報じられている。ウクライナ戦争が長期化した場合、ロシアにとって北朝鮮の役割が増すため、これまで提供しなかった軍事技術が、北朝鮮に渡る可能性が高くなる。次の金正恩の訪露が予想される9月の東方経済フォーラム(ウラジオストック)や来年5月の戦勝記念式典に注目したい。
北朝鮮はウクライナに派兵するか
最近、北朝鮮の工兵部隊をドンバス地方に派遣し、将来的に戦闘参加もありうるとする報道がある(テレビ朝鮮)。プーチン大統領は外国部隊のウクライナ派遣を求めていないし、必要もないとの態度だが、駐北朝鮮ロシア大使の「北朝鮮労働者は優秀でドンバスに招く構想がある」との発言を否定することもできない。
ロシアの東南アジア進出
ロシアは北朝鮮のみならず、東南アジア各国へのアプローチも怠らない。プーチン大統領は北朝鮮に続きベトナムを訪問し、石油・ガス、原子力科学、教育に関する協定など、11の協定書や覚書が調印された。ASEANとの対話を重視し、ユーラシアに新しい安全保障メカニズムを構築するというプーチン氏の構想は、10月にロシアで開かれるBRICS首脳会議にタイ、マレーシアが参加を表明するなど、着実に具現化されつつある。
ロシアの影響力がアジアに拡大する動きには十分注意が必要で、今後の日本外交は拱手傍観禁物である。
【略歴】
1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業後、時事通信入社。ワシントン支局長、モスクワ支局長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学教授。国際教養大学特任教授、時事総合研究所客員研究員を歴任した。2024年から現職。
(文責 国基研)