月例研究会/令和6年4月16日/東京・内幸町イイノホール
今、日本がなすべきこと
定例の月例研究会は「今、日本がなすべきこと」というテーマ。櫻井よしこ理事長の司会で、杉山晋輔元駐米大使、本田悦朗元内閣官房参与、武居智久元海幕長が登壇しました。
杉山 晋輔(すぎやま しんすけ) 元駐米大使 |
本田 悦朗(ほんだ えつろう) 元内閣官房参与 |
武居 智久(たけい ともひさ) 元海上幕僚長 |
櫻井 よしこ(さくらい よしこ) 国家基本問題研究所理事長 |
日本の覚悟が問われている
岸田文雄総理が歴史的な訪米を終え、政府専用機が羽田に着く直前、日本時間の四月十四日にイランによる数百もの無人機とミサイル攻撃、防空サイレンが鳴るイスラエルの模様が大きくテレビで報道されました。
一九七九年にイラン革命が起こり、その年の十一月からアメリカ大使館が占拠されて、四百四十四日間、米外交官が大使館の中で人質になる事件が起こりました。それからイランとアメリカには外交関係がありません。ただし日本はイランとは伝統的に友好的な関係を維持しています。
試された日米関係
おそらくイランがイスラエル本土を直接攻撃したのは今回が初めてだったのではないかと思います。もちろん、これはイスラエルがハマスと戦争をしているその文脈の中で、ダマスカス(シリアの首都)にあるイランの大使館を外から攻撃するということがありました。私も約三年前まで外交官生活を四十四年してきましたからやや学問的になるかもしれませんけど、大使館はウィーン条約で手出ししてはいけないと守られています。そこをイスラエルは爆撃してしまったわけで、これはどう見ても国際法違反です。でも先ほど申し上げたように、イランは一九七九年に元々アメリカ大使館を占拠していて、これも条約上絶対に認められないことですから、他人のことをとやかく言えた義理じゃない。それに対する報復だというわけです。
岸田総理はこの日の午後二時半ぐらいに専用機が羽田に着いてすぐに官邸に入り、すぐにぶら下がりを行い、このイランの攻撃について、自制を求めるというようなことを発信された。そしてその日の夜、おそらく普段であればみんなもう疲れ切って、一晩ぐらいはゆっくりするはずが、その日の夜十一時過ぎ、イタリアの首相が議長になったG7のオンライン首脳会議に小一時間ぐらい出席され、極めて正鵠を射た発言をされました。
1. 岸田総理大臣は、様々な働きかけにもかかわらず、イランがイスラエルに対する攻撃を行ったことは、現在の中東情勢を更に悪化させるものであるとした上で、今般の攻撃を深く懸念し、このようなエスカレーションを強く非難するとの日本の立場を説明しました。
2. 岸田総理大臣は、これまでのイランへの働きかけについて説明しつつ、更なる緊張の高まりを防ぐべく、国際社会全体として、当事者に対して事態の沈静化と自制を強く働きかけていくべきことを強調するとともに、G7としてそうした議論を主導していくことが重要であり、日本としてもあらゆる外交努力を行っていく旨述べました。
3. また、岸田総理大臣は、自国民の保護や退避について、現地情勢等について緊密に情報共有しつつ、G7でよく連携して対応していきたい旨述べました。
(外務省HP、G7首脳テレビ会議(概要)、四月十五日)
このG7首脳会議はもう少し大きく報道されてもよかったと思っています。ワシントンでの首脳会談や共同声明、共同記者会見、そして翌日の議会演説の成功で日米関係が発展しましたが、それが帰ってきてすぐに試されたと思いました。
我々に覚悟はあるのか
四月十一日の岸田総理の米議会演説の一つの肝は次のものです。
I am here to say that Japan is already standing shoulder to shoulder with the United States.
私はここに来てこれを言いに来た。日本は肩と肩を並べてアメリカとある。
You are not alone.
アメリカは決して一人ではない。
We are with you.
日本はアメリカと共にある
ここでスタンディングオベーション、万雷の拍手を受けました。非常に立派な演説だったと思います。十五、六回、スタンディングオベーションがあったといいますが、このときのは共和党も民主党もなく議長席もみんなが立ち上がった。ウクライナ支援に関する箇所では立ち上がらなかったと話題になったマイク・ジョンソン議長やカマラ・ハリスさんも立ち上がって、万雷の拍手がありました。
でも、日本はアメリカと共にある、肩と肩を並べて共に戦う、我々は本当にその覚悟があるでしょうか。もちろん、北朝鮮、台湾海峡、東アジア、インド太平洋においては、我々の地域ですから、当然しなければいけない努力です。しかし、ここで岸田総理は、日本はアメリカのグローバル・パートナーになった、つまり自分たちだけのことではない、自分たちが住んでいるこの地域のことだけではない、全世界を相手にして、アメリカと共にある同盟国だと強く訴えられたのです。
現実問題として中東地域の紛争については、欧米を中心として国際社会は非常に強い関心を持っています。中東においても、日本は真のパートナーになるということを、岸田総理は天下に宣言したその直後の出来事が、イランのイスラエル爆撃であったということをここで指摘をしたいと思います。
積極的平和主義
例えば、イエメンのホーシー派がやっている航行の安全を害するような行為があります。同盟国、同志国や国際社会全体にとって航行の安全、公海の自由は国際法の基本です。オランダの国際法学者、グロティウスが国際法の決定版の本を書いたときの一番のテーマは、この公海自由の原則でした。
ですからホルムズ海峡やスエズ運河の問題を巡って、日本にとっても決定的な重要性を持つ、あるいはG7や国際社会全体にとっても決定的な重要性を持つこの公海の自由、航行の安全ということについて、日本は積極的平和主義の旗のもとに何ができるかを考えなければいけないのが今の瞬間だと言ってもいいのではないでしょうか。
積極的平和主義は、憲法で定められた平和主義の理念を逸脱するとよく批判をする人がいますが、私は違うと思います。積極的平和主義とはまさに、平和主義をさらに発展させたもので、一国平和主義ではなく本当に国際社会の平和と安定を願い、それを実現する日本の非常に重要な政策だと私は確信しています。
そのような中で、大成功だった訪米を終えて帰られた直後にイランの攻撃がありました。我々は休んでいる暇はない。次に何をしなければならないかを考えなければいけないのではないか。
単に石油だけではなく、いろんな意味で中東は重要なので、日本の国益に沿ったことを、もっと旗を立ててやるべきです。私はアメリカと同じような軍事行動をすべきだと思っているわけではありません。日本は集団的自衛権の制約がありますが、仮に今の憲法解釈を変えなかったとしても、様々なことができる。今日たまたま上川陽子外務大臣がイランの外務大臣に電話して自制を求めていますが、こういうのもその一つです。
英米の違う政策
我々は常にアメリカと共に戦う。アメリカは一人ではない。常に日本はアメリカと一緒だ。岸田総理の議会演説のこの意味は、日本がアメリカと全部同じ政策を取るということでは全くありません。同盟とは、守るべきものを守るために、共に戦うことです。
では守るべきものとは何か。日本の国土、国民、愛する家族、愛する日本、自由民主主義、市場経済、あるいは言論の自由と言った根本的な理念。これを体を張ってでも守る。そのためにアメリカと共に戦う。これこそが日米同盟の本旨だと私は確信しています。
でも、この同盟の本旨に入らない部分で、アメリカと違う政策を追求する。アメリカと違う立場を取って、全体としては東アジア、インド太平洋、そして国際社会、あるいは日米のためにも、お互いに利益になるようなことをする。これこそが日本がすべきことです。
今回の岸田総理の訪米について、日本はアメリカの言いなりになったというような揶揄した考えを表明する人がいると思いますが、それは全く違うと思います。
いわゆる「血の同盟」と言われている英国と米国は、一九四九年十月一日に中華人民共和国が樹立を宣言した後、違う政策をとります。
イギリスはいろんな国内政治の事情もありましたが、労働党のアトリー内閣が一九五〇年一月六日に北京の中華人民共和国政府を承認します。このときアメリカはトルーマン大統領で、もちろん台湾の中華民国政府を承認していました。アメリカは一九七二年のニクソン訪中を経て七九年一月一日に中華人民共和国を承認します。
つまり一九七二年まで、一九五〇年一月から「血の同盟」と言われた英国と米国は当時それほど大きくはなかったとはいえ、それでも人口八億ぐらいの大陸、中国との関係について違う政策を取ったのです。
これこそ私は「血の同盟」、英米関係の一つの真髄を見せつける歴史の事実だと思っています。状況は全然違いますから、これと同じことをやれと言ってるのではありません。しかもあのときは英国には香港の権益がありました。しかし、これこそが「agree to disagree」です。同盟の本旨を破らない範囲で、違うことを堂々とやるということが、今の日本にも求められているのではないでしょうか。
再エネ問題もグローバルに
今、杉山大使から、岸田総理の訪米について、的確な説明をいただきましたが、その中でのキーワードの一つがやはり「グローバル・パートナーシップ」です。いろんな脅威、問題課題に対して共通して対処していこうということが一番大きなポイントの一つではないかというふうに思います。その最も大きな課題の一つが、膨張する中国に対してどう対峙するかということです。
今、日本は三十年間苦しめられてきたデフレを脱却できる最大のチャンスを迎えています。その一つの証左が日本銀行のいわゆるイールドカーブ・コントロール政策やマイナス金利政策の解除によって、金融緩和の基本的なスタンスは維持するものの、通常の政策に戻りつつあることです。また、財政も今度のいわゆる「骨太の方針」で、新しい財政規律のルールをどうするか、今まさに議論されているところです。このデフレを脱却すれば日本は通常の経済成長力を回復できる。そうなれば日本は、アメリカとはもちろん、アメリカ以外のG7の国ともイコールパートナーとして、世界における役割を担えるはずです。
この三十年間、経済成長はほとんどゼロに近くなってしまいましたが、日本の力がこれで取り返しがつかないほど弱くなってしまったわけではありません。デフレ的な経済環境が日本国民の力を発揮させないように働いてしまったと、いうのが現実です。正しい経済政策の下で本来の日本の力が取り戻せれば、日本はさらに世界における役割を拡大できると確信しています。
中国とソ連の違い
その課題の一つが中国にどう対峙するか。私は二〇〇八年から二〇一一年まで欧州復興開発銀行(EBRD)という国際機関で日本代表理事を務めていました。この機関は社会主義・計画経済から自由民主主義、法の支配に移行しようとする国に対して、その市場経済化、民主化を支援しようという国際機関です。
当時中国はそのメンバーではありませんでした。中国は民主主義国ではないし、一部市場経済を導入していても、基本的には統制経済であるということでEBRDは中国の加盟を拒否していたわけです。しかし時々、年次総会に政府の役人が潜り込む。潜り込んで勝手に記者会見を開き、中国はこの欧州復興開発銀行に加盟するんだ、日本の代表も認めてくれたと発言するのです。私は認めた覚えは全くありませんが、勝手にそう言ってしまう。中国はそういう意図を持っているんだなと思いましたが、その当時は、まだ中国の生活水準は低かった。二〇一〇年に日本に追いついて、今や中国のGDPは日本の三倍ぐらいありますが、その前の話です。中国の成長志向は強かった。
中国がどうして飛躍的に経済成長ができるようになったか。その大きな理由の一つが、日本の技術が中国に入っていったということです。中国は皆さんご承知の通り独裁国家ですからほとんどの企業が国営です。その中でどうやって技術革新イノベーションができるのか。ほとんどの技術は西側の模倣ですが、中には独自の技術もあるという中で、日本企業が相当貢献したのは間違いないと思います。
そもそも、中国とソ連は市場経済化のアプローチが全く違いました。私はかつてモスクワ大使館にいたのですが、ソ連は一足飛びに社会主義から市場経済に飛び移ろうとしました。その結果、大混乱を起こし、GDPは半分になってしまった。ところが中国はそうではなくて、部分的に計画経済を残して、そのノルマを超過達成した場合、その分は自由市場で取引していいというインセンティブをうまく残したのです。このアプローチがやはり現実的でした。それからじわじわ創意工夫が中国でも生かされるようになって、経済成長の芽が出てきた。それが鄧小平の方針で、中国の経済の原動力になってきたわけです。一般に近隣の国が豊かになることは良いことです。しかし、中国の場合は、その果実が軍事費に使われるところが問題です。
中国問題にグローバルな対処を
今、中国は止まるところを知らない拡張主義です。法の支配を無視してまでも拡張主義を貫こうというところがあらわになってきています。その一つの証左が日本の国土、水資源を中国の資本力で買収して中国のために使おうという動きが激しくなってきていることです。例えば日本の土地を中国が買っているという状況があります。外国人は中国の国土を買えません。本来は相互主義を使えば、日本も中国国民に土地を売ることを拒否できるはずなんですが、例えばジュネーブの世界貿易機関(WTO)で日本は外国人に内国民待遇、つまり日本人と同じ待遇を保障しています。ですから、中国が本国で土地を売らないから、日本の土地も売らないということは、国際協定上できないことになっています。安全保障に問題のあるときは例外として認められているのですけれども、それはなかなか発動されない。この問題が水資源などいろんな問題に拡大しているということであります。
そして今まさに問題になっているのは、地球温暖化の問題から派生した再生可能エネルギーです。その中国資本による日本支配がどこまで進んでいるのか。日本はどうやってブロックするか。これが最大の問題となっております。
典型的には先般問題になった再生可能エネルギーのタスクフォースです。民間構成員が提出した資料に中国の国営企業である「国家電網公司」のロゴが写り込んでいた問題がありました。そのロゴが写り込んでいること自体が問題なのではなく、電網公司という会社の影響力が、日本の国の機関であるタスクフォースにまで及んでいるのではないかと懸念されているわけです。これは徹底した調査が必要です。
日本は国策として、二〇五〇年にカーボンニュートラル、つまり実質的に二酸化炭素の排出量をゼロにしようという目標のもとに動いています。その手段として太陽光発電、洋上風力発電、その他を導入しつつある。その設備の輸入元はほとんど中国です。日本が太陽光発電や洋上風力、EVも含めてそれらを活用しようとすればするほど、中国の利益になってしまうのです。
アメリカは太陽光発電製品については、もう中国からの輸入をストップしています。この大問題については、日本で単独でどう対応するかではなく、グローバルの枠組みの中で特にアメリカと連携をとりながらどうしていくのかを我々は考えていかないといけない。
今、一つの例を申し上げましたが、他にもいろんな問題があります。アメリカと協調しながら、グローバル・パートナーシップで問題に対処していくことが今後の日本の大きな課題であると思います。
なぜ日米同盟の補強が必要なのか
櫻井よしこ 四月十日付けで『フォーリン・アフェアーズ』に、ランド研究所というアメリカの保守的な研究所の方がこう書いていました。まもなく岸田総理がアメリカにやってくるけれども、今最大の脅威の中国に対峙するには、日本こそが本当に大事なパートナーなんだ、と。アメリカはこれまでNATOを最重要のパートナーとしてきたけれども、今やNATOの代わりに日本がその地位を占めるべきだ。なぜならば日本は「自由で開かれたインド太平洋」だけではなく、「自由で開かれた世界の海」を支えようとしている国なのだ、と。そして「ハブ・アンド・スポーク」で、今はアメリカが「ハブ」だけれども、これからは日米同盟が「ハブ」になった方がいいと書いていました。
「ハブ・アンド・スポーク」とは自転車の車輪で言えば、中心の車軸が「ハブ」、放射線状に伸びている棒が「スポーク」です。今はアメリカを中心(ハブ)に、日本やオーストラリア、フィリピン、韓国、タイというアメリカの同盟国(スポーク)がある体制ですが、その「ハブ」にこれからは「日米同盟」がなった方がいいという。それほど期待されているアメリカで、岸田総理はグローバルパートナーだ、覚悟がいるんだと仰った。
この総理の演説も受けて、日米対中国で何をしなければならないか。
武居智久 まず、「ハブ・アンド・スポーク」ですが、真ん中にいるハブの部分、車軸がものすごく強いときにはハブ・アンド・スポークがちゃんと機能します。車輪が回るんです。しかし、これには弱点があり、ハブに障害が発生するとスポークが機能しなくなります。アメリカに障害が発生しているので、スポークの国々が非常に困っているのが現在の状況です。
地理的位置と戦略情勢
今回の日米首脳会談を受けて、これから日本がどのように対応していくか。朝鮮半島や台湾海峡の戦火が我が国に及んだ場合に、我が国はウクライナ国民のような戦いができるのかという軍事的な観点から、日米同盟がどうあるべきか、問題は何かということを考えていきたいと思います。
まず安全保障政策を考えるにあたって、常に心しなければいけないのは、まず我々が今どこにいるかを確かめることです。
視点は二つあります。一つは、日本の地理的位置、もう一つは現在の戦略情勢です。
地理的位置は永遠に変わりませんが、その地理が生み出す衝動があります。この衝動は我が国の外交政策や防衛政策に強く影響を及ぼし続けます。
戦略情勢とは、その時々の国家関係や軍事情勢によって変化します。今は世界の各地で様々な紛争、不安定事象が起きており、現在の戦略情勢は大変流動的で日々変化していると考えなければいけない。ですから安全保障政策は一度決めれば終わりではなく、毎日見直していかなければいけないということになります。
地理的な位置は言うまでもなく、我が国がユーラシア大陸の周縁部、ヘリの部分に位置しているということです。中国はこれを第一列島線と呼んでいますが、日本の位置はこの第一列島線の上にあります。
最近言われているのは、日本と台湾はともに中国の海空戦力が、太平洋に出ていくのを食い止める障壁になっているということです。日米同盟から言えば、日本列島の位置は、中国が出てくるのを防護しています。
二つのヘゲモニーの谷間
従って我が国にとって、台湾の位置が非常に重要です。まず重要なのは、台湾が南シナ海の出入口をふさぐ位置にあること、そして台湾周辺には我が国の経済活動にとって重要な海上交通路が収束していること、それ以上に台湾が外国勢力の手に落ちると、その国は台湾の港あるいは空港から自由に戦力を太平洋上に展開できるようになります。その結果、何が起きるかというと、我が国は大陸側と太平洋側の二つの正面から脅威を受けるようになり、アメリカのプレゼンスはどんどん太平洋側に縮小していくということが起きてまいります。
こうした地理的な環境が生み出す理由により、我が国は台湾に対して積極的に関与していかなければいけないということです。
まず、次に戦略環境はどうか。明確なことは、我々が好むと好まざるとにかかわらず、アメリカのヘゲモニーが中国の影響力の拡大とともに太平洋で縮小していることです。
今、中国のヘゲモニーとアメリカのヘゲモニーがぶつかる境界線が、第一列島線上か、あるいは少し内側にあります。我が国はこの二つのヘゲモニーの谷間にいて、自分の国の安全を保たなければならなくなっているという状況です。
天気でも、寒気団と暖気団がぶつかるところに前線ができますが、この前線の下は大気の状態が非常に不安定になります。ヘゲモニーの谷間もまさにそれで、我が国周辺の戦略情勢は大変不安定になっています。岸田総理の訪米へのバイデン政権の異例ともいえる厚遇の背景には、公言していませんがアメリカはヘゲモニーの後退を認め、これまでアメリカが負担していた能力の補完を日本に求めていることは間違いがないと思います。
有識者の中には、アメリカの影響力をこの地に維持すること、復活させる努力に傾注すべきだという方々がいらっしゃいますが、私はそう思いません。後退しているアメリカのヘゲモニーを取り戻すことに努力するよりも、我が国は米中間のヘゲモニーの谷間に存在している状況を当然のものと考えて、この新しい環境に最適な安全保障政策を考えていくべきだと思います。
その方向は、我が国が主体的に日米同盟を補完することであり、補強することであると思います。今回日米の首脳は完全な世界的パートナーを目指して、日米同盟を近代化することに合意しました。
確かにウクライナ戦争もガザの問題も、わが国は国際社会の一員として見過ごすわけにいきません。しかし、外交政策や経済政策において、完全な世界的パートナーとなることは可能であっても、保有する防衛資源には限りがありますので、防衛政策は我が国の置かれた厳しい戦略情勢に備え、優先順位をつけて考えなければなりません。
また我が国の戦略情勢が厳しさを増していることを考えれば、自衛隊の軸足は常に我が国の防衛にあるべきで、自衛隊の能力的なオーバーストレッチは避けなければならないと思っています。
日米共同声明の意義
日米の共同声明を見ると、防衛安全保障協力を強化するイニシアチブは大きく、私が読む限り七つあると思いますが、いずれもアメリカの軍事プレゼンスを日本が補完し、日米同盟を補強する意義があります。
最も高く評価できるのはメディアが大きく報じている通り、平時から有事の統合的な軍事作戦能力の強化と、日米の指揮統制を有機的に組み合わせることです。また、朝鮮半島情勢を考えますと、朝鮮半島の国連軍司令部、米韓同盟、横田基地に置かれた国連軍後方司令部との関係を整理していくニーズも出てきます。
日米のこの指揮統制の細部は、今後日米の2プラス2で具体像を詰めるとされていますが、この細部の検討は早急に行わなければならないと思っています。
高く評価する二点目は、次の日米2プラス2の機会に拡大抑止に関する突っ込んだ議論、英語では「in-depth discussions」と書いていますが、これを行うことが合意されたことです。これまで拡大抑止については、首脳会談等の場でアメリカが拡大抑止を「保障する」と繰り返されてきましたが、今回はそれにとどまらない突っ込んだ議論をすると合意しました。アメリカと中国の戦略核バランスは、中国の核兵器の急速な造成によって、十年を待たずにパリティ(均衡)に近づきます。
非戦略核兵器と中距離運搬手段については中国が圧倒的に優位ですから、全体としては核戦力のバランスは中国優位に傾きつつあります。この状態を生み出す衝撃とも言ってもいいものは、アメリカの同盟国である日本、韓国にとっては相当に大きいものがあります。日米でも昨年四月の米韓ワシントン宣言のレベルまで踏み込んだ議論が行われて、少なくとも米韓同盟と同じレベルで拡大抑止における協力が実現することを期待しています。
有事の継戦能力
首脳会談でおそらく話し合われたと思いますが、文面に表れていない課題は、後方支援における日米共同分野の拡大と進化です。イメージとしては、防衛が長期化し、消耗戦の様相を呈するとき、我々がウクライナのような戦い方をできるかということです。
日米共同声明は、共同開発生産を通じた協力を推進するとともに、米軍の艦船および軍用航空機の日本における共同維持整備を打ち出しました。画期的ですが、これはいずれも戦争に至る前、平和なときの後方支援です。
戦争になれば、日本の後方支援基地、情報通信インフラ、電力施設は真っ先に標的にされると思います。これらは平時使用では、効率的に焦点を絞ったサプライチェーンで維持されていますが、戦時にはこれができなくなります。ですから弾薬や部品の備蓄を分散させ、地域全体で物資を事前配備するなど、後方にいわゆるレジリエンスを持たせる、よりコストのかかるアプローチへと切り替えていかなければならないと思います。
中国は、ウクライナ戦争から学び、相当数のミサイルを備蓄していることは間違いありません。日米同盟だけで弾薬と装備はおそらく足りないと思います。ではどうするべきか。クラウゼヴィッツが言う通り、国家の防衛力とは、物資の量と意思の力で決まります。日米で不足するならば、当然、オーストラリアを加えた三カ国で備蓄について話し合うべきだと思います。
ウクライナ戦争のような長期戦となれば、ミサイルを大量生産しつつ戦いを継続することになります。つまり、産業基盤の戦争になります。 抑止が失敗した場合、最も重要な装備と弾薬を十分に生産できる持続性や拡張性が必要ですが、日本の防衛産業はこの準備ができておりません。こうしたことは、日米が膝を突き合わせてシナリオベースで検討しなければ、数値として出てこないと思います。
習近平は軍の指導部に対して、二〇二七年までに台湾を侵攻する準備をするように命じました。中国の国内経済は今、大きな障害を抱えていますが、軍の指導部にとって命令は絶対です。特に専制主義国において、政治指導者の命令に逆らうことは粛清される可能性があるためあり得ない。したがって、中国軍は二〇二七年には台湾侵攻の準備を整えると思います。
我が国は二〇二七年までに課題を解決しておく必要があります。この意味でも、今回の日米首脳会談の成果、課題は確実に履行されなければならないと信じています。(了)