第八回「国基研 日本研究賞」
受賞作品
日本研究賞 | トシ・ヨシハラ 米戦略予算評価センター(CSBA)上席研究員「中国海軍 vs. 海上自衛隊」(ビジネス社、2020) |
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日本研究特別賞 | 李 宇衍 元落星台経済研究所研究委員西岡力著『でっちあげの徴用工問題』を韓国語に翻訳した功績 |
メディアウォッチ(代表理事 黄意元)西岡力著『でっちあげの徴用工問題』韓国語版を出版した功績 |
選考の経緯
第八回「国基研 日本研究賞」
トシ・ヨシハラ 米戦略予算評価センター(CSBA)上席研究員
「中国海軍 vs. 海上自衛隊」(ビジネス社、2020)
トシ・ヨシハラ氏は受賞作『中国海軍 vs. 海上自衛隊』(ビジネス社)で日本の陥っている国防の危機を率直に描いた。すでに日本の海軍力は回復不能な程度まで中国に差をつけられ、中国の脅威に全く打ち克てない。一刻も早く国防予算を大幅に増やし海軍力強化に踏み出さなくては、日本は永遠に中国に置き去りにされる。日本政府そして国民の多くが頭の中では認識していながら、課題の余りの大きさゆえに厳しい現実から目をそむけ、対処せずにきた結果としてのわが国の対中劣勢が、これでもかこれでもかというふうに指摘されている。
ヨシハラ氏は台湾育ちの日系アメリカ人である。中国語に堪能で、その語学力を活かして膨大な量の中国語の文献を読んだ。氏が紹介する中国人の日本観を私たちは心に刻まなければならない。中国はいまや日本に対して自信を深めている。海上自衛隊に対する評価にも彼らの自信が反映されており、かつては海上自衛隊の優秀さを認めたがらなかったのが、いまや余裕をもって海自の能力を評価する。
中国共産党政権の思惑も明らかだ。彼らは日本政府を従わせる潜在的能力の獲得こそ肝要だという確たる信念の下、脇目もふらずに力の構築に努めてきた。それが、かつては取るに足らないと思われていた中国人民解放軍海軍が対日、そして台湾海峡を囲む限られた海域であるにせよ、対米関係においても、圧倒的優位を確立したことにつながっている。
受賞作が伝えるこの衝撃的なメッセージは、実は氏が米海軍大学の同僚、ジェイムズ・ホームズ氏と上梓した『太平洋の赤い星 中国の台頭と海洋覇権への野望』(バジリコ)において、すでに警告されていた。
十年程前に発表された『赤い星』で、ヨシハラ氏らが指摘したことの中に、中国人がマハンの海洋戦略を熱心に学び続けてきたこと、マハンの戦略論に毛沢東の作戦・戦術論を合わせる形で彼らの海洋戦略を構築してきたという点があった。
希代の扇動者、毛沢東の軍事論はたとえそれが防衛的戦略を語るものであったとしても、本質においては極めて攻撃的である。マハンと毛沢東の理論の合体は中国の取り得る軍事行動に関して何を示唆するのか。『赤い星』でヨシハラ氏らはその点については含みを持たせた。とどの詰まり、中国人がどれだけ正しくマハンの論を理解するかにかかっているというのだ。
マハンは決して制海権の掌握をゼロサムゲームとしてとらえるのではなく、平和時の商業に最大の重要性を与えている。海洋については、どの国にも制海権がなく、常に紛争状態にある海こそが普通の状態なのだ。こうした常識論を中国人が正しく理解することができれば、中国の海洋戦略は比較的穏やかなものになり得るとの見方を、ヨシハラ氏は示した。
『赤い星』の刊行から時がすぎ、二〇一二年十一月、習近平氏が主席の座に就いた。習氏は次第に強権体質を明らかにし始め、二一年六月現在では氏が第二の毛沢東を目指しているとの見方は妥当な評価として受けとめられるだろう。
受賞作において、ヨシハラ氏は指摘する。
「海軍力の蓄積は、これまではなかった戦争というオプションを中国指導部に提供している」
「中国は海上において日本を自国の意志に従わせることができる手段と技能を有していると、ますます確信している」
中国は習氏の下で対日対米強硬姿勢を強めていくと見るべきなのだ。毛沢東的絶対支配者の理論と、海軍力の強大化は、インド・太平洋の将来の安定にとって不吉な前兆である。
問われるのはわが国の対応だ。二一年三月から四月にかけての日米間の「2+2」及び首脳会談で、菅義偉首相は軍事力及び日米同盟のさらなる強化を日米間の公約として発表した。これは即ち国際社会に向けた日本の誓約に他ならない。ヨシハラ氏の対日警告が国際社会に対する日本の公約となったのである。
ヨシハラ氏が鮮やかに切り出した中国人の日本に対する厳しい見方、強大な海軍力の誇示で日本国を屈服させ否応なく従わせる意図、彼らを突き動かし続ける根深い力への信奉を、日本国政府も日本国民も心に刻もう。
日本が努力することなく海軍力の日中不均衡を放置すれば、日米同盟そのものが軋む。本来、もっともっと力を発揮すべき日本が努力もせず、自国防衛の当然の責務も果たそうとしない場合、日本から離れていくことだろう。結果としてインド・太平洋地域が大きく揺らぐのは避けられない。何よりも日本の未来は非常に暗いものになる。ヨシハラ氏の優れた中国研究こそ日本に対するこの上なく真摯な警告である。
講評 選考委員長 櫻井よしこ
国基研理事長
第八回「国基研 日本研究特別賞」
李 宇衍 元落星台経済研究所研究委員
メディアウォッチ(代表理事 黄意元)
西岡力著『でっちあげの徴用工問題』を韓国語に翻訳し、出版した功績
第八回「国基研 日本研究賞」の特別賞に韓国人の翻訳者と出版社が決まるという異例の決定となった。原本は『でっちあげの徴用工問題』(西岡力著、草思社)で、翻訳者は落星台経済研究所研究員の李宇衍氏、出版社は、ネットニュース媒体のメディアウォッチ(代表理事 黄意元氏)だ。
『でっちあげの徴用工問題』は、2018年韓国大法院が新日鉄住金(昨年日本製鉄に商号変更)に対して朝鮮人元戦時労働者らに一人1億ウォン(約1000万円)の慰謝料を支払えとするとんでもない判決を下したのに対し、理論的、実証的に完膚なきまでにウソを暴いた名著だ。本来ならばこの書物が受賞の対象となって不思議はないが、著者の西岡氏は国基研の評議員で企画委員でもあるので、受賞辞退という結果になりかねない。
であれば、戦後最悪といわれている現在の日韓関係の中で、「反日」の言動が英雄視され、いささかでも日本の主張の正しさを指摘する余地のない韓国内の言論状況の中で、西岡氏の著書の全文を韓国語に訳して、国内で出版しようという翻訳者と出版社の勇気を評価すべきではないか。それは間接的にではあるが原本の意義を高めることになるのではないか、との空気が選考委員会に強まったと思われる。
李宇衍氏は、ソウル大学教授の李栄薫教授が編者となり、日韓両国でベストセラーになった『反日種族主義』を書いた六人の著者の一人で、成均館大学で李氏朝鮮後期以来の山林とその所有権の変遷に関する研究で博士号を取得。ハーバード大学訪問研究員、九州大学客員教授を歴任され、『韓国の山林所有制度と政策の歴史1600~1987」(一潮閣、2010年刊)、“Commons. Community in Asia”(Singapore National University Press、2015年、共著)などがある。
実は、昨年の第七回「国基研 日本研究賞」の受賞は『反日種族主義』に決まっており、李栄薫教授ご自身も東京で開かれることになっていた授賞式に出席される予定だった。ところが訪日の直前になって、欠席せざるを得ないとの知らせが届き、驚いた。同教授が日ごろの言動を問題とされ、司法当局から告訴されたという。韓国の現状がどうなっているかの一端がわかると同時に李宇衍氏は事実上二度受賞したとも言 える。
出版元の代表である黄意元氏は、日本とは何の関わりもない科学、学芸記者時代に、韓国のメディアが「特定国家に関連して体系的、周期的に誤報一色になるのは、ミスや錯覚ではなく、そこに闇があることを意味する」(デイリー新潮)と考え、自由な報道に努めてきた言論人である。「日本軍性奴隷問題解決のための正義記憶連帯」(旧挺対協)の前代表として活動した尹美香氏が「慰安婦」問題を利用していかに私腹を肥してきたか六年にわたって追及してきた。西岡氏の著作を韓国に広めようとの志から、李氏による翻訳出版に踏み切ったのだろう。間接的ながら、日本研究に果たす役割は小さくない。
講評 選考委員会副委員長 田久保忠衛
国基研副理事長・杏林大学名誉教授
選考委員
委員長 | 櫻井よしこ 国家基本問題研究所理事長 |
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副委員長 | 田久保忠衛 同副理事長・杏林大学名誉教授 |
伊藤隆 東京大学名誉教授 平川祐弘 東京大学名誉教授 渡辺利夫 拓殖大学顧問 髙池勝彦 国基研副理事長・弁護士 |
推薦委員
推薦委員 | ジョージ・アキタ 米ハワイ大学名誉教授 ジェームズ・アワー ブラーマ・チェラニー ケビン・ドーク ワシーリー・モロジャコフ ブランドン・パーマー 許世楷 アーサー・ウォルドロン エドワード・マークス デイヴィッド・ハンロン 楊海英 陳柔縉 ロバート・D・エルドリッヂ ジューン・トーフル・ドレイヤー ヘンリー・スコット・ストークス ロバート・モートン 崔吉城 蓑原俊洋 ペマ・ギャルポ 秦郁彦 李建志 ミンガド・ボラグ |
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