第五回「国基研 日本研究賞」
受賞作品
選考の経緯
第五回「国基研 日本研究賞」
ロバート・モートン 中央大学教授
「A.B. Mitford and the Birth of Japan As a Modern State: Letters Home」(Renaissance Books,2017)
(ミットフォードと日本における近代国家の誕生、邦訳なし)
英国貴族出身のミットフォード(一八三七 - 一九一六)は、一八六六年に北京から江戸に転任、パークスの次の地位を占めた外交官で、言葉をよくした。通訳生として来日したサトウの六歳年上で、この三人とあと一人医師のウィリスが明治維新前後の在日英国外交公館を構成していた。その中心人物の中でパークスとサトウは日本でもよく知られている。
ミットフォードについては『日記』や『一英国外交官が見た明治維新』は長岡祥三氏の手で近年講談社学術文庫に訳されたが、しかしモートン教授の今度の評伝は、ミットフォードが父親に宛てた手紙に依拠し、その記述の表も裏もよく調べ、その上で見事な英文に綴られた読みごたえのある歴史研究であり文章作品である。
ミットフォードが三年半の日本勤務の後、帰国して一八七一年に出したTales of Old Japan は四十七士の話を世界に知らせた。晩年はLord Redesdale, Memoriesの著者として名を遺した。若き日のミットフォードが来日当初、日本から受けた印象と晩年のこの『回顧録』はいろいろな点で嫌日・親日の記述が極端に違っており、ミットフォードの日本に対する愛憎関係の揺れが本書では如実に浮かび上がる。
ひょっとしてモートン教授にもその種の感情の揺れがあったのではないか、と思われるほど共感的理解が行きとどいている。
幕末期の横浜、品川、東禅寺や泉岳寺での辛い生活、様々な日本体験の中での滝善三郎の切腹を目撃したことが一つの転換点となる。その記述に接すると森鷗外の『堺事件』を思い起こさずにはいられない。
モートン教授の伝記は網羅的で、ミットフォードの最晩年、いやその子孫までをもたどっている。その評伝を読むことで、私どもは同時代の英国の上流社会やその外交についても実に多くの興味深いことを教えられる。西洋至上主義的ないしはキリスト教至上主義的な視点から脱却した指摘が鋭い。
敗戦後の日本ではE.H. Norman, Japan's Emergence as a Modern State が岩波系学者の間でもてはやされたが、A.B. Mitford and the Birth of Japan as a Modern State という受賞作の題名そのものがノーマンの著作に対する皮肉のように感じられた。
それというのもこのミットフォードという日本人とよくつきあったイギリスの貴族外交官が見た幕末維新こそ日本の近代国家としての誕生を如実に描いている、という生きた印象を与えるからである。そして過去の事実がモートン教授によって歴史的パースペクティヴの中でまた見直されているからである。
その知的ソフィティケーションが、講座派の羽仁五郎の説を踏襲したノーマンを教祖に祀り上げたダワー一派の北米反ベトナム世代の単純な明治維新観と違って面白い。
個人を通して見た英日関係を鮮やかに描いたこの立派な人文主義的アプローチの史伝に賞を出すことは、昨年のDreyer教授に対する受賞と同じく、日本研究賞の信用を高め、国基研に対する無用の誤解をも解き、在日の外国人教授や日本研究者に対しても好ましい影響を及ぼすのではあるまいか。
講評 選考委員 平川祐弘
国基研理事 東京大学名誉教授
第五回「国基研 日本研究特別賞」
崔吉城 東亜大学教授、広島大学名誉教授
「朝鮮出身の帳場人が見た 慰安婦の真実―文化人類学者が読み解く『慰安所日記』」
(ハート出版、2017)
第二次大戦中の日本軍の慰安婦とは何かについて、慰安婦が性奴隷であるのか、公娼類似の存在なのか政治的論争が続いているが、論争よりも慰安婦の実情を知ることがもっと重要である。性奴隷を主張する者は、実態を無視して元慰安婦の手記などもいくつか発表されている。
平成12年(2000年)ころ、韓国の私設博物館が古書店を通じて、ビルマ(現ミャンマー)やシンガポールで、慰安所の帳場人をしていた人の膨大な日記を購入した。
平成25年(2013年)8月、この日記を、安秉直(アンビョンジク)ソウル大学名誉教授が韓国語に翻訳して出版し、同じ年、その韓国語訳文からの日本語訳がネット上に掲載された(http://texas-daddy.com/comortwomendiary.pdf)。
日記は、ハングルと漢字のほかに、日本語の片仮名や平仮名が入り混じって書かれており、韓国語訳本とは多少内容が異なるとのことである。本書は、著者が、原文を読み解き、文化人類学者としてさらに日記の著者の勤務先、即ちミャンマーやシンガポールの現場を訪ねて、日記を分析したものである。
著者には、朝鮮戦争関連で、戦争と性に関するいくつかの論文があり、本書はそれらの研究と対をなすものであるという。
極めて客観的公平な分析である。「韓国は慰安婦問題を政治的なカードにすべきではない」というのが結論である。
かつて林房雄が日本の戦争を100年戦争と呼ぶべき長い軋轢の中でとらえたのと同じ、フェアで奥深い歴史観がストークス氏の作品を支えている。そのような歴史観に基づいたストークス氏の考察に、深く注目するものである。
講評 選考委員 髙池勝彦
国基研副理事長 弁護士
選考委員
委員長 | 櫻井よしこ 国家基本問題研究所理事長 |
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副委員長 | 田久保忠衛 同副理事長・杏林大学名誉教授 |
伊藤隆 東京大学名誉教授 平川祐弘 東京大学名誉教授 渡辺利夫 拓殖大学学事顧問 髙池勝彦 国基研副理事長・弁護士 |
推薦委員
推薦委員 | ジョージ・アキタ 米ハワイ大学名誉教授 ジェームズ・アワー ブラーマ・チェラニー ケビン・ドーク ワシーリー・モロジャコフ ブランドン・パーマー 許世楷 アーサー・ウォルドロン エドワード・マークス デイヴィッド・ハンロン 楊海英 陳柔縉 ロバート・D・エルドリッヂ ジューン・トーフル・ドレイヤー ヘンリー・スコット・ストークス |
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