第四回「国基研 日本研究賞」
受賞作品
選考の経緯
第四回「国基研 日本研究賞」
ジューン・トーフル・ドレイヤー マイアミ大学教授
「Middle Kingdom and Empire of the Rising Sun: Sino-Japanese Relations, Past and Present」(Oxford University Press, 2016)
(中華帝国と旭日帝国:日中関係の過去と現在 *邦訳なし)
「第二次大戦後の日中間における緊張はいくつもの不穏な時期を経てきた。中国政府は問題を、日本の戦争責任に対する反省の表現が不十分であるからとか、戦死者を祀る日本の社の靖国神社に政治家が引き続き訪れないと約束しないためだ、と述べてきた。中国側が十分な謝罪を受けたと受け取ったり、靖国参拝が止まないかぎりは緊張は増大する、と中国は警告する。本書の中心テーマは、こうした諸問題が両国関係の初期に遡って通底する問題の一兆候にすぎないということだ。すなわち中国も日本もお互いに対等であると受けとめようとしないし、どちらも他に対する劣った立場は認めようとしない。緊張の根本は、両国文明の一部接触が始まった七世紀にたどることができる。」
本書の第一章、イントロダクションの最初に登場する文章だ。冷静に読めばそのとおりであるが、戦後の日中関係で対等の立場で話し合った例があっただろうか。うんざりした気持を味わってきた私はこの書き出しにやや救われた思いがした。
悪化した日中関係が早い時期に改善されることを大方の日本人は期待しているが、東京の目に映る北京の対日外交は、「高圧的態度で圧力を加えないかぎり日本人は中国に従おうとはしない」と信じ込んでいるかのようだ。いわゆる「歴史認識」の一言を大声で叫ぶと実際にこれまでの日本は黙り込むか、謝罪の意を何らかの形で表明するかのいずれかであった。
靖国神社には東京裁判で決めたA級戦犯が祀られているから、との勝手な理由で政治家の参拝に反対の声をがなり立てる。対等の立場同士のやり取りかどうかを著者は観ている。
安倍晋三首相が誕生しただけで「ナショナリストの出現」と騒ぎ立てたのは中国だけでなく、歴史を一次方程式でしか解釈できないニューヨーク・タイムズなど米リベラル系新聞だ。ただ、一、二の例外を除いて中国が一貫して毎年軍事費を二桁台で増やし、数年前から南シナ海に人工島をつくり上げ、そこに軍事基地を置こうと露骨な進出を続ければ、米国、日本、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国のほか世界各国の中国に対する評価は自ずから変わってくる。
ドレイヤー教授は七世紀にまで舞台を戻して千四百年間にわたる日中交渉史を公平な立場から分析された。ジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」で明確になっているような左翼史観が多かった米学界の中で、「日中両国に対して公平」を叫ぶには勇気を要したに違いない。
日本の国体の特質である皇室についても教授は見事な観察をしている。時代が進むにつれて朝廷は次第に権威の象徴として天皇と、権力を持つ実力者の幕府への分化の過程をたどっている。祭祀王で万世一系の皇室の持続は外国に例のない存在で、明治以降の日本史の中だけで皇室を論じてもあまり意味がないことを本書は教えてくれる。
講評 選考委員 田久保忠衛
国基研副理事長 杏林大学名誉教授
第四回「国基研 日本研究特別賞」
ヘンリー・スコット・ストークス 元米ニューヨークタイムズ紙東京支局長
「Fallacies in the Allied Nations' Historical Perception as Observed by a British Journalist」(Hamilton Books, 2017)
(英国人ジャーナリストが見た連合国の歴史観の虚妄)
「Fallacies in the Allied Nations' Historical Perception as Observed by a British Journalist」(Hamilton Books, 2017)(英国人ジャーナリストが見た連合国の歴史観の虚妄)は、ヘンリー・S・ストークス氏が1964年の初来日から50年を経てまとめた書である。『フィナンシャル・タイムズ』の初代支局長として東京に赴任した当時、氏は強い対日憎悪の感情を抱いていたという。だが半世紀をこの国で過ごす中で、深く日本を理解するようになる。
日本に滞在する外国特派員の圧倒的多数がいわゆる東京裁判史観に染まったまま、そこを突き抜けてより深い日本理解の域に達することがないのとは対照的に、ストークス氏は日本文明の真髄に近づくことのできた少数の外国人の一人である。本書でも触れられているが、三島由紀夫はストークス氏と徳岡孝夫氏を、自身を理解し得る人物と思い定めて事実上の遺書を両氏に残している。
そのように深い日本理解に至った人物が、大東亜戦争における日本悪玉論を脱して、「われわれ(英国)は日本人に対してフェアでなかった」とし、マレーへの日本軍侵攻に関して、「私は日本が大英帝国の植民地を占領したことに、日本の正義があると思った」と書いた。
かつて林房雄が日本の戦争を100年戦争と呼ぶべき長い軋轢の中でとらえたのと同じ、フェアで奥深い歴史観がストークス氏の作品を支えている。そのような歴史観に基づいたストークス氏の考察に、深く注目するものである。
講評 選考委員 櫻井よしこ
国基研理事長
選考委員
委員長 | 櫻井よしこ 国家基本問題研究所理事長 |
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副委員長 | 田久保忠衛 同副理事長・杏林大学名誉教授 |
伊藤隆 東京大学名誉教授 平川祐弘 東京大学名誉教授 渡辺利夫 拓殖大学学事顧問 髙池勝彦 国基研副理事長・弁護士 |
推薦委員
推薦委員 |
ジョージ・アキタ ジェームズ・アワー ブラーマ・チェラニー ケビン・ドーク ワシーリー・モロジャコフ ブランドン・パーマー 許世楷 アーサー・ウォルドロン エドワード・マークス デイヴィッド・ハンロン 楊海英 陳柔縉 ロバート・D・エルドリッヂ (順不同) |
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