第六回「国基研 日本研究賞」
受賞作品
選考の経緯
第六回「国基研 日本研究奨励賞」
簑原俊洋 神戸大学大学院法学研究科教授
「アメリカの排日運動と日米関係 『排日移民法』はなぜ成立したか」(朝日新聞出版、2016)
日露戦争終結の翌年の1906年(明治39年)のサンフランシスコ学童隔離事件に端を発したカリフォルニア州の排日運動は、1913年(大正2年)のカリフォルニア州の第一次排日土地法、1920年(大正9年)の第二次排日土地法を経て、1924年(大正13年)の連邦政府の排日移民法の成立に至つた。この流れは日米戦争の遠因ともいはれ、昭和天皇もその旨指摘されてゐることで知られてゐる。
本書は、タイトルのとほり、アメリカの排日運動と日米関係について、膨大な一次資料を基に詳細に論じたものである。著者は、日系四世のアメリカ人であるが、著者が序章で述べてゐるやうに、本書は、従来いくつかあつた日本人移民の歴史ではなく、また、個々の日系人に焦点を当てた歴史書でもなく、あくまでも排日問題がどのやうに日米関係に影響を与へたかについて論じた国際政治の書である。
著者は、移民問題が日米戦争の直接的な原因ではなく、「中国問題と並んで当時の日米関係において無視しえなかった重大な問題であり、排日移民法の成立は日米戦争へと直結するものではないが、戦争へとつながる多面的・重層的なプロセスにおいて一つの重要な要素を構成した」といふ解釈に立つ。
排日移民法成立の直接的な原因が、当時の埴原正直駐米大使のヒューズ国務長官宛の書簡中の「重大なる結果」といふ文言が、アメリカに対する恫喝であるとして上院を憤激させたといふ通説に対し、著者は、綿密な事実調査に基づいてこれを否定する。
本書は、国際関係といふものが場合によつては感情に動かされることがあるが、それだけにその感情に感情的に反発したのでは発展的な国際関係が構築されないことを示してゐる。
本書は、奨励賞にふさわしい研究書である。
講評 選考委員 髙池勝彦
国基研副理事長 弁護士
第六回「国基研 日本研究奨励賞」
ペマ・ギャルポ 拓殖大学国際日本文化研究所教授
「犠牲者120万人 祖国を中国に奪われたチベット人が語る 侵略に気づいていない日本人」
(ハート出版、2018)
祖国の悲痛な運命をよく知るチベットの少年が、日本で中学、高校、大学を終え、日本人として暮らしている。来日五十三年のペマ・ギャルポ氏だ。特異な経験から、日本が中国にどのように対応すべきかの課題にかなりの頁数を割いている。
彼の対中批判は表紙に登場する表現で言い尽されているように思われる。「犠牲者120万人、祖国を中国に奪われたチベット人が語る、侵略に気づいていない日本人」、「日本人よ、中国の属国になってもいいのか?」、「中国による巧妙な侵略計画は日中国交正常化から既に始まっていた!」はオドロオドロしいと感じる向きもいよう。しかし、理不尽に祖国を奪われ、以後現在まで続いている凄まじいチベットへの弾圧を知れば、ギャルポ氏の怒りは十分に理解できよう。
同時にわれわれ日本人が認識しなければならないのは、戦後の日本のあり方だ。先の大東亜戦争に関しては、日本を悪者にする中国の見方と正反対の見方を著者は取る。日本のアイデンティティなどは見当らない憲法を「平和憲法」などと有難がっている日本人に、著者は切歯扼腕する。インドで学んだ経験のある、このチベット出身の知識人は、日本の蒙を知りつくしているようだ。
講評 選考委員 副委員長 田久保忠衛
国基研副理事長 杏林大学名誉教授
第六回「国基研 日本研究特別賞」
秦郁彦 現代史家
Comfort Women and Sex in the Battle Zone(Hamilton Books, 2018)
(「慰安婦と戦場の性」新潮社、1999)
秦郁彦著『慰安婦と戦場の性』(新潮社)は、この問題に関するもっとも信用が高い、実証研究である。『毎日新聞』『産経新聞』等が秦氏に賞を出したことはその証しだが、さらに今回、日本研究賞が授与されたのは、その英訳本Ikuhiko Hata, Comfort Women and Sex in the Battle Zoneが米国Hamilton Booksから2018年に出たからである。その海外出版の意義を考えたい。
この英訳は、「日本は無垢の女性を強制連行し、性奴隷とした」という虚言症の吉田清治の詐話や、その話を詐話と知りつつ流し続けた『朝日新聞』、またそれに乗じた韓国や北米キャンパス・レフトの反日プロパガンダに対抗する学術上の発信としても有効であり、「歴史戦」が展開される今日の国際社会で、事実の正確な発信としてきわめて貴重である。わが国の出版物には傾向的な新書やブックレット以外にも、水準の高い歴史学の作品があることを世界に示すものといえよう。
英訳は民間有志の醵金と義侠心により実現した。そのお陰で、外国に販売ルートをもたぬ日本の出版社でなく、国際的に通用する、綿密な註のついた学術書として米国大手出版社から世に出すことを得た。
事務は日本戦略研究フォーラムの長野禮子氏とそのスタッフと森由美子氏、英訳はジェイソン・モーガン准教授に多くを負うている。秦博士の文章が平明で、学術的に首尾一貫しているからこそ、また訳者がきちんとした学問的訓練を受けたネイティヴの人であればこそ、良い英訳もできた。本のカバーに寄せられた諸外国の教授の推薦の辞も本書の信用を高めている。
今の日本は大国でありながら、まともな海外発信をしていない。これは政府の怠慢ゆえと思うが、外務・文科関係者に危機意識が足りず、また必ずしも地位にふさわしい外国語能力があるわけでないので、こうした事態を招いたのではないかと危惧される。
戦前の日本のthe Japan Timesは政府御用の面があったが、戦後は逆で、日本の英字新聞は左翼御用をやってきた。そうした「自国にネガティヴであることが良心的日本人の証しである」といわんばかりの倒錯した風潮の中で、Comfort Women and Sex in the Battle Zoneが出たことは、グローバル社会で物言う日本の対外発信としてきわめて例外的で貴重であると考える。
講評 選考委員 平川祐弘
国基研理事 東京大学名誉教授
選考委員
委員長 | 櫻井よしこ 国家基本問題研究所理事長 |
---|---|
副委員長 | 田久保忠衛 同副理事長・杏林大学名誉教授 |
伊藤隆 東京大学名誉教授 平川祐弘 東京大学名誉教授 渡辺利夫 拓殖大学学事顧問 髙池勝彦 国基研副理事長・弁護士 |
推薦委員
推薦委員 | ジョージ・アキタ 米ハワイ大学名誉教授 ジェームズ・アワー ブラーマ・チェラニー ケビン・ドーク ワシーリー・モロジャコフ ブランドン・パーマー 許世楷 アーサー・ウォルドロン エドワード・マークス デイヴィッド・ハンロン 楊海英 陳柔縉 ロバート・D・エルドリッヂ ジューン・トーフル・ドレイヤー ヘンリー・スコット・ストークス ロバート・モートン 崔吉城 (順不同) |
---|