国家基本問題研究所は、11月4日、通算17回目となる会員の集いを、都内のホテルニューオータニで開催。今回は3連休の最終日で、例年通りシンポジウムと懇親会を実施した。
午後二時の定刻に開始した今回のシンポジウム、『日米新政権 私たちがなすべきこと』のテーマは、10月27日の衆議院議員総選挙の結果に加え、11月5日の米大統領選の行方を見据え設定した。安全保障や経済問題など、日米両政権が挑むべき課題は重く、多岐に渡る。この難局にどう対処していくべきか。
登壇者は、元経済安全保障担当大臣で自民党総裁選に立候補した小林鷹之衆議院議員、経済アナリストのジョセフ・クラフト氏、国基研側から産経新聞特別記者の湯浅博氏及び元陸上幕僚長の岩田清文氏に加え、司会を櫻井よしこ理事長が務めた。
シンポジウムの概要は以下のとおり。
基調講演
小林 現在わが国は分岐点に立たされている。地方は疲弊し、経済力は退潮し、安全保障環境は悪化の一途で、国内政治は場当たり的という状況。他方、同盟国の米国は、大統領選の最中で分断状況が現出している。米国大統領がトランプ氏、ハリス氏のどちらになろうとも、わが国は国益のもとに外交を展開する以外に道はない。19世紀の英首相パーマストン卿の言葉を借りれば「我々には永遠の同盟も永遠の敵もない。あるのは国益のみ」である。他国の動向に左右されない自律した国になることが肝要である。
先の自民党総裁選の際、今後目指すべき国造りの方向性として「国家戦略2050」を作るとした。私のビジョンは、日本を「世界をリードする国」にするということ。そのためには国力を高める必要があり、具体的には、①経済と②安全保障を両輪とし、それを支えるのが③イノベーション(新たな価値を生み出す力)、そのイノベーションを見出すのも、その成果をどのように使うかを判断するのも「人」なので、全ての根幹は④教育で、これらをバランスよく強化することが国力を高めることになると思う。
まず、経済力は国力の源泉である。国の成長力を高めるためには、民間の投資が必要である。それを促すためにも国による大胆な投資が必要である。私が考える国の投資による3つの成長政策の一つを紹介すると、地方への投資を行う「シン・ニッポン創造計画」。国と民間と地方が協力して競争力のある産業の塊を北海道から九州・沖縄まで日本各地につくることである。良い例は台湾の半導体企業TSMCの熊本への誘致で、現地では企業が集まり、雇用の機会が増え、賃金のレベルも上昇し、若者も集まり、地域が活性化する。東京や大阪だけでなく、地方から日本の成長を促すエンジンを日本各地に作っていくことが必要である。
日米関係については、日米同盟が日本の外交・安保の基軸。大統領が誰かに関わらず、冷静に構え、あらゆる「備え」をすること。それは、アメリカにとっての日米同盟の価値を上げていくこと、すなわち米国にとって日本が絶対に必要だという認識を与えること。そのためには能動的サイバー防御の取り組み、インテリジェンス機能の強化、ドローン等のデュアルユース技術力強化など、わが国としての主体的努力を積み重ねることが重要である。アメリカを、アジアおよびインド太平洋につなぎ止めるためにも日本の努力が必要だ。
また、総裁選の時に新たな外交戦略「BRIDGE」を提唱した。存在感を増すグローバルサウスと欧米先進国との間で、価値や利害の対立が芽生えている中で、日本が、米中とは異なるアプローチでその「架け橋」となって、国際秩序を維持していく取組である。
最後に、政治の要諦は危機管理である。自然災害だけでなく有事への対応も含めて国民の命と暮らしを守るために、緊急事態条項の創設と、自衛隊の明記についての憲法改正を、最大限急ぐ必要がある。
パネリスト発表
クラフト アメリカから見た日本の印象は、まず90年代に日本経済の急成長が原因で日本バッシング、その後の中国台頭で日本パッシング、日本ナッシングとなった。そのような中、安倍政権が出現し日本が復権した。米国務省におけるアジア太平洋という地域の名称が、安倍政権との関りからインド太平洋に変わったのが好例である。
他方、現在の米国は国内分裂の状況にあるし、現在の日本も政治が混迷している。今ほど日米両国における政治の言葉が重要な時はない。例えば、米ハドソン研究所に石破氏が論文を寄稿し、その中で米国を批判したが、総選挙後に態度を一変させた。これでは米国としてはどこまで信頼できるのか、付き合い方に悩むというのが実情だろう。
中東に対する日本の立ち位置も分かりづらい。経産省は当初からリスクを予期して、原油備蓄量を増大しているが、肝心の政府の態度が見えてこない。対中国では統合司令部の設置は米国で高く評価され、岸田首相も米国に歓迎され、日米同盟のレベルは一段階上がったが、国内では評価されていない。大統領選は誰が勝ってもおかしくないが、誰になったとしても石破氏とでは、安倍・トランプのような緊密な関係は期待できない。
岩田 米国を中心とする民主主義国家は瀬戸際の状況にある。2年前に、ウクライナ侵略戦争が発生してから世界は確実に悪い方向に向かい、それも極めて速いスピードで悪化している。昨年6月、米国の学者・ハル・ブランズ氏は、ロシア、中国、北朝鮮、イランの4か国が結束し台頭し始めたと、民主主義国家に警鐘を鳴らした。9月には、元国防長官のロバート・ゲイツ氏が、これらの4か国の脅威に対し、米国は過去数十年、おそらくかつてないほど深刻な脅威に直面していると述べた。
これら新たな「悪の枢軸(Axis of evil)」が連携して同時複数地域で戦争を行えば民主主義国は勝利できないと、今年1月にもブランズ教授は指摘している。さらに7月、米国超党派議員で構成する国防戦略委員会が議会に提出した提言書には今後の紛争が世界規模の戦争に発展する現実的なリスクを指摘している。続いて9月には、同委員会の委員長エリック・エデルマン氏が、中国人民解放軍は2027年までに台湾侵攻の任務達成準備が順調であることに加え、米国はインド・太平洋、中東、欧州の多正面作戦を余儀なくされるため、同盟国が連携しない限り負ける可能性があると指摘している。
このような認識のもとでは、同盟国日本に対する要求の圧力は、次期大統領がトランプ氏でもハリス氏でも変わらない。今後、台湾有事を抑止するためには、日本独自の防衛力強化に対する覚悟と準備が不可欠である。憲法改正はもとより、核抑止力の強化を含め、2022年の戦略三文書において示された事項の具現化はもちろん、戦略三文書には想定されていなかった、新悪の枢軸国の連携対応に関しても速やかに備えを進めることが必要だ。
わが国の政治の世界では、「中国を刺激するな」という遠慮が蔓延っているが、そのような発想が国益を損なうとの認識が必要だ。今の政治には、中国の脅威にさらに真剣に立ち向かう覚悟と準備が欠かせない。
湯浅 米大統領選が間もなく雌雄を決する。これまでの選挙戦を見ると、相手を罵り合うばかりで、「ハリスは共産主義者」「トランプはファシスト」などの非難合戦に終始したという印象を持つ。他方、安倍政権下のG7で存在感を上げたはずの日本政治の安定性が、今回の総選挙で見事に崩れ去った。
加えて石破氏の提唱するアジア版NATOは理想論でしかなく、NATO第5条に謳われた「血の同盟」がアジアに当てはまることは決してない。ハドソン研究所への寄稿論文には、議論の形跡はなかった。中国は必ず値踏みするはずだ。日本の首相が言説を豹変させると見切られれば、足元をすくわれる。中国が恐れるのは政策に加えて価値観をもった政治家の台頭である。
現在の日米は、共に国内が分裂状態であり、中国はその機を逃さないだろう。逆に日本は、中国の予想するさらに半歩前をいかなければならない。
パネリスト討論
小林 わが国は脅威に向き合うと同時に対話をすることも必要で、その際、政治の意思を明確に相手に伝えることが重要になる。
クラフト 政治の意思という点なら尖閣問題が一つの事例になる。日本政府もメディアも米大統領が来日するたびに尖閣防衛の意思を確認するが、そもそも日本が本気なら尖閣に人員を配置し、施政権を明確に示せばよい。日本人の美徳には気遣いがある。しかし国際交渉の場では欠点となる。嫌がることでも明確に伝えないと、外国には決して通じない。
岩田 尖閣と同時に台湾有事も問題山積である。例えば在外邦人保護の観点では、朝鮮半島有事の想定に比べ、全く準備ができていない。台湾からの輸送に必要となる公式な連携ルートさえ構築できていないことは極めて問題だ。
小林 在外邦人保護の観点では、何らかの兆候を察した時点で家族を静かに退避させるなど、段階的な措置が必要である。また、早い段階から渡航レベルを引き上げ、事前に警告しておくという選択肢もある。
櫻井 日米が立ち向かうべき問題の焦点は中国。中国は明確に戦後の世界秩序を塗り替えるため、国連を内部から変えようとしている。人類運命共同体と称して中国式価値観の中に全ての国を組み入れようとしている。台湾海峡で威圧を繰り返している。自由と民主主義を守るため、日本政府にできることは何か、例えば台湾にもっと関与すべきではないか。
湯浅 国連という枠組みの中で台湾の地位は一切決まっていない。よってトランプ政権でもバイデン政権でも、政府の高官が台湾を公式訪問している。わが国も自由に訪問してかまわない。今こそ政治の意思を示すべきだが、現在の国内政治に全く期待することはできない。次世代のリーダーとして小林議員らに希望を託したい。
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その後フロアで待機する国基研役員などから鋭い意見・質問が出され、熱い議論が展開され、終了時間を超過しても続いた。
櫻井理事長は最後に、危機は自分たちが想像する以上に身近に迫っている。悪の枢軸が出現したいま、私たちに求められているのは根源的な変革である。日本国は生まれ変わらなければならない。まずは日本人自身の手で憲法を改正することが喫緊の課題だとし、このセミナーを総括した。
(文責:国基研)