総合安全保障プロジェクトの一環で、中曾根平和研究所の大澤淳・主任研究員をゲスト講師に迎え、報告会を実施した。大澤氏は、海底ケーブルの概要とその損傷が及ぼす影響について、安全保障の観点から技術的な視点も加え詳細に分析した。
【概要】
〇海底ケーブルは衛星通信より高速だが弱点もある
国際間通信において、これまで映像中継を含め主流は衛星経由であったが、現在では大容量・高速の海底ケーブルによる光ファイバー通信に移っている。
海底ケーブルは衛星通信より高速度で大容量を安定的に送受信が可能である。特に近年の金融市場超高速取引では、通信の遅れが数千万ドルの損失に繋がることから、海底ケーブルの専用線が用いられるまでになった。そこで障害が発生すると金融取引に致命的な結果を及ぼす結果となる。
その海底ケーブルの外形は、浅海域においては漁網や錨からケーブルを守るため深海域より太く強度がある外装を持つ。逆に深海域では重すぎると自重に堪えられなくなるため、細めの無外装ケーブルであり、外装ケーブルより外形力に脆弱である。
また、海底ケーブルは、陸上ネットワークと連接する際、陸揚げ中継拠点を必要とする。日本では房総、志摩に集中している。仮に陸揚げ局が攻撃を受けると復旧には相当の時間を要することから、分散化や警備対策も必要になる。加えて海底にあるケーブルを常時防護することは極めて困難である。
〇近年の海底ケーブル損傷事案
海底ケーブルの特徴として、アイルランド沖、シンガポール沖、千葉沖、台湾沖、紅海など多数のケーブルが収束するチョークポイントがあることを指摘しておきたい。国際海峡と同じように、重要な通信結節点が海底に存在することを忘れてはならない。
さて、近年海底ケーブルが損傷する事案が多発している。その理由は、漁業活動(底引き網等)が41%、船舶の錨が16%、海賊などによる切断が9%、その他自然現象が5%などとなっている。
安全保障上の観点から見ると、2022年のウクライナ戦争開戦直前に、ロシアの情報収集工作船が怪しい動きをして、その後海底ケーブル切断事案が発生した。ノルウェー領スヴァールバル諸島沖の海底ケーブルは、極軌道衛星からの情報を欧州に伝送する経路になっていることから、これをロシア開戦準備の一環と見ることもできるだろう。
2024年2月には、イエメン・フーシ派の攻撃を受けて沈んだ貨物船の錨で、アジアと欧州を結ぶ海底ケーブルが複数損傷した。その結果、世界の通信の25%が影響を受けたとされる。 2023年からバルト海で海底ケーブルが切断される事案も数件発生している。その際、ロシアと中国の商船が関係しているのではとの報道があった。海底ケーブルという重要な国際通信インフラを守り、維持することは、国際社会の責務ではないだろうか。
〇台湾周辺の事案
一方、台湾周辺でも5年間で27回もの切断障害が発生している。例えば、2023年2月2日及び8日、2025年の1月15日と22日、台湾と媽祖列島を結ぶケーブルが中国漁船により相次いで切断された。2025年1月3日、台湾北岸の基隆港沖で、太平洋横断高速海底ケーブル(TPE)が損傷した。台湾当局は、中国企業保有の貨物船が意図的に切断したと推定した。
このような事案は、平時から行われるハイブリッド戦の前哨戦とも推定される。わが国も、早急に有効な対策を講じる必要がある。
【略歴】
大澤氏は1971年生まれ、1994年慶応義塾大学法学部卒、1996年同大学修士課程修了。1995年世界平和研究所(現中曽根平和研究所)研究員、2009年同主任研究員、2013年米国部ブルッキングス研究所客員研究員、2014年内閣官房国家安全保障局参事官補佐(初代民間任用局員、サイバー安全保障担当)、2017年から現職。現在、笹川平和財団上席フェロー、鹿島平和研究所理事などを併任。最近の著書は、『SNS時代の戦略兵器 陰謀論』(共著、Wedge、2025年1月)、『新領域安全保障』(共著、Wedge、2024年1月)、『ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか』(共著、文春新書、2023年6月)など多数。(文責 国基研)