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2025.03.21 (金) 印刷する

総合安全保障プロジェクト 「全人代から見る2025年の中国人民解放軍」 中川真紀・国基研研究員

今月の総合安全保障プロジェクトの月次報告は、中川真紀研究員による「全人代から見る2025年の中国人民解放軍」。2025年の軍への主要な指示等から中国人民解放軍の重視事項を読み解き、今後の軍の発展方向や日本への影響などについて分析した。

早朝第1部は、国会議員をはじめ企画委員などに対し、昼からの第2部は、主要メディア向けに同内容の報告会を行った。

第1部:総合安全保障プロジェクト月次報告会(午前8時~9時)
中川研究員による「全人代から見る2025年の中国人民解放軍」に関する発表概要は以下のとおり。

【概要】
中国人民解放軍の年間訓練サイクルによると、年末に訓練検閲を行い年間の成果を確認し、その成果をもとに年明け1月から新たな訓練年度が始まる。その年度の訓練や部隊運営の重視事項は、1月の年度開始時の国防部記者会見、1~2月の春節前の部隊視察、3月の全人代の軍・武警代表全体会議において、それぞれ示される。3月以降はその指示に基づく訓練を実施していくという大きな流れがある。

したがって、全人代を含めた軍に対する一連の指示を見ることで、重要なポイントが浮かび上がることから、以下一つずつ検討していく。

〇2025年の中国軍への指導事項
・年度開始時の国防部記者会見(1月)

昨年、国防部報道官が発表したのは①基礎訓練、②対抗訓練、③統合訓練、④科学技術を活用した訓練という項目建てであったが、今年は①現実の脅威に則した統合訓練を第1に上げたことから、台湾侵攻を想定した統合訓練が活発化するものと予想される。次に②基礎訓練・合成訓練を上げ、全軍合成訓練現地会議等の成果をもって訓練基準が統一されたことが示された。そして③新装備・新領域(無人装備・AI等)の訓練を取り上げ、逐次部隊に配備中の新領域関連装備の訓練が本格的に開始されることも示された。最後は④科学技術を活用した訓練で、昨年同様に位置づけられた。

・春節前の部隊視察(1~2月)
昨年は習近平中央軍委主席が洪水災害派遣を実施した天津警備区の部隊視察を行い、その際、建軍百年奮闘目標実現へ努力せよと指示した。張又侠同副主席や何衛東同副主席は北京の部隊を視察し、同様の指示をしている。今年は、習主席は瀋陽の北部戦区機関を訪問し、6個戦備当直部隊の任務執行状況をリモートで視察した。その際、全軍が戦備当直を強化し、不測事態に適時適切に対応すべしとし、昨年と違い、何時でも台湾侵攻が可能な態勢であるべきことが示された。

また、張又侠副主席は情報支援部隊を視察し、党の政治主導と腐敗・不正への厳正な対応を指示し、何衛東副主席は、北京空軍レーダー部隊を視察し、新質戦闘力建設を強化するよう指示した。新質戦闘力は、新領域能力をネットワークなどでシステム化した多元的戦闘力のことで、今後の軍装備整備の方向性を示している。

・全人代の軍・武警代表全体会議(3月)
全人代に参加する軍・武警の代表による全体会議が、全人代開催時に制服組トップの張又侠軍委副主席の主催で開催。この会議は、全軍の主要幹部と優秀隊員が一堂に会し、最高指揮官(習近平軍委主席)が年度の指針を示す重要会議である。

昨年は、習主席から使命の自覚と新領域における戦略能力の向上が示されたが、今年は、質の高い発展と軍隊建設第14期5か年計画の達成が指示された。質の高い発展は、民間の優れた力と資源を活用し、新質戦闘力の発展を加速させること。軍隊建設5か年計画の達成は、少なからぬ矛盾と問題に直面しているが、計画的に事業を進め、期限内に達成することを指示したものである。

つまり執行部は、5か年計画が遅滞していると認識し、建軍百年奮闘目標である2027年まであと2年の期限を念頭に、執行要領の改善と、問題発生の一因である汚職への対処を強化する。他方、新領域では民間技術・アセットを活用し、戦略能力の向上については引き続き米サイロと同等数のICBMサイロ建設を加速するだろう。

〇指示に基づく具体的活動
・3個条例の改定

2025年2月、中央軍委は「内務条例」「規律条例」「隊列条例」を改訂し、4月から施行するとした。

その目的は戦争準備に焦点を当てた法規整備であり、そのうち「内務条例」は、人員の戦争準備の職責や部隊の戦備体制保持規範を改訂し、「規律条例」は、戦時の論功行賞や戦場での規律維持・処分等を改訂し、「隊列条例」は、新装備に関する規定や指揮権等を追加した。

・台湾周辺戦備警戒パトロール時は即射撃可能
元宵節の2月12日、東部戦区海空軍は台湾周辺で戦備警戒パトロールを実施したが、その際、中国国営公共放送CCTVの取材に対し、戦備警戒パトロール時は常に砲弾は全装填し、射撃システムも発射準備状態でいつでも射撃できる状態であると明かした。

・空軍部隊が訓練から戦争へ移行する訓練
空軍某旅団が訓練準備中、突然の戦闘警報により訓練から戦争に移行し、目標空域での任務達成を命じられ、速戦即決の訓練が実施されたことが2月に報じられた。

〇2025年の中国軍の方向
建軍百年奮闘目標を達成する、すなわち2027年までの戦備体制を確立(台湾侵攻準備の完了)するため、計画の遅れを取り戻す必要があり、一層戦争準備を加速するだろう。

台湾や日本周辺では、常態化させている軍・海警のプレゼンスに加え、民間アセットも利用する。また台湾への圧力を強化するため、より近傍で烈度の高い演習を実施する。さらに訓練と実戦の境界を曖昧にし、台湾を物理的・心理的に疲弊させるだろう。

米国に対しては、引き続きICBMサイロ群を整備して、「相互確証破壊」核戦略を推進するものと思料する。

わが国は、中国の速戦即決能力向上に対し即応態勢を整備し、中国の新領域に対抗できる技術力を官民連携して向上し、日米拡大抑止を強化することが重要だ。いずれにしても、戦略3文書で示した防衛力整備に注力し、核抑止の議論もしていく必要がある。

資料PDF 全人代から見る2025年の中国人民解放軍

第2部:総合安全保障プロジェクトメディア向け報告会(午前11時半~午後1時)
昼から実施したメディア向け報告会では、まず櫻井よしこ理事長から、前回実施した内容もメディアで取り上げてもらうことができたことは大きな成果であり、今後も多くの報道機関の方の参加を期待して、継続して実施していくとの開催の挨拶があった。

続いて、岩田清文・国基研企画委員(元陸幕長)がモデレーターとなり中川真紀・国基研研究員がブリーフィングを開始した。

発表の後、出席記者からの質問に答える形で補足説明も行われ、白熱した議論が展開した。

【質疑応答】
Q:米トランプ政権によるグリーンランドの獲得方針は、中国の相互確証破壊戦略に必須な北極圏の利用を阻止するためのものか?また、対日指向能力は増強されているのか?
A:そのような見方は可能で、グローバルに中国を封じ込める戦略の一環と見ることができる。加えて、日本が注視すべきは中国の対日指向可能な核戦力として、新型の極超音速滑空ミサイルDF-17を運用する3個旅団が能力発揮可能なことである。この件については前回に報告したが、中国のミサイル能力は着実に拡大している。

Q:中国が台湾周辺で圧力として利用する民間アセットの具体例は何か?また、新領域が強調されるが、その具体的イメージは何か?
A: 民間アセットの最近の例は、台湾沖の海底ケーブル切断に際して民間の貨物船(外国船籍)が利用された。新領域については、宇宙・サイバー・電磁波などである。例えば宇宙に関しては人工衛星の打ち上げ数が米国を抜き急拡大している。ウクライナにおけるAIとドローン(無人機)の活躍を参考に、装備の実戦化も拡充している。

Q:5か年計画が遅れている原因は何か?
A:どの程度遅れたかについては、明確に記述されている訳ではないが、コスト管理、監督・検査の不備、汚職などが原因とされ、その対策が急務とされている。

Q:今後、台湾への圧力を強化するため、これまでより近傍で、烈度の高い訓練をすると説明があったが、具体的にはどのようなイメージか?
A:昨年の統合利剣演習では巧みに台湾領海を避けるように訓練海域を設定したが、それを超えてくる可能性がある。また、米ペロシ下院議長訪台後の演習のように台湾周辺に航行制限区域を設け、ミサイル実弾射撃を行う可能性もある。訓練烈度を上げるという意味では、より統合を重視し、遅れている兵站面の統合を強化するだろう。例えば航空基地において、これまで実施することのなかった他軍種の航空機も整備支援できるように訓練していることは注目に値する。

Q:2027年の建軍百年と習近平氏の4期目に向け時間が切迫している中、日本は何に注力したらよいか?
A:中国の速戦即決に対応するには、日本の政治の決心を早くすることが必須である。台湾が危機感をもって実施しているような国を上げた官民軍の実動演習も必要と考える。また、日本が米国の政策の振れに一喜一憂するのではなく、日本として台湾の戦略的価値を評価し、対台湾政策を立てることが肝要である。

この総合安全保障プロジェクト月次報告会は、記者向け報告会とともに、継続実施していく予定である。 (文責 国基研)