【提言】 わが国は新安保理決議に対応した国内法制の整備を急げ
一般財団法人 国家基本問題研究所
わが国は新安保理決議に対応した国内法制の整備を急げ
5月25日に北朝鮮が強行した核実験に関し、国際連合安全保障理事会で制裁決議の採択が模索されている。現在、日米両国は、貨物検査の義務化と金融制裁を柱とした制裁決議の採択を主張していると報じられている。
当研究所は、国連安保理がこうした新たな制裁決議を採択することを支持する。
しかしながら、こうした決議が採択された場合、以下に述べるとおり、日本は決議の支柱となる貨物検査に関して、実効的な措置を講じることができない。決議を主唱し、採択に努めた旗振り役の日本国が、日本海を含む自国周辺海域などで実施される貨物検査活動に参加せず、活動に伴うリスクを、米国など他の国連加盟国に負担させながら傍観すれば、国際社会から厳しい批判を浴びることは必定である。
以上の理由から、当研究所は、日本国が以下の措置をとることを緊急提言する。
【提言】
1.貨物検査の実施に必要な国内法を整備すべく、防衛法制の抜本的改正を図る
2.集団的自衛権行使に関する憲法解釈を是正する
3.防衛法制に関する「ポジ・ネガ反転」を図る
1.貨物検査の実施に必要な国内法を整備すべく、防衛法制の抜本的改正を図る
わが国が貨物検査を実施する根拠法としては「周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律」が整備されている。しかし、同法が規定する船舶検査活動は、法律の名称のとおり、「周辺事態に際して実施」されるものである。このため「周辺事態」と認定しないかぎり、同法を根拠とした船舶検査活動を実施できない。
現在、周辺事態以外でも船舶検査活動を可能とすべく、与野党間で同法の修正が模索されているが、かかる一部修正では、実効的な措置を講じることは不可能である。
なぜなら、同法が定める「船舶検査活動の実施の態様」(第5条)とは「船舶の航行状況を監視すること」に始まり、「必要な限度において、当該船舶に対し、接近、追尾、伴走及び進路前方における待機を行うこと」に留まっている。活動の中核たる「乗船しての検査、確認」については、「船舶(軍艦等を除く。以下同じ。)の船長又は船長に代わって船舶を指揮する者(以下「船長等」という。)に対し当該船舶の停止を求め、船長等の承諾を得て、停止した当該船舶に乗船して書類及び積荷を検査し、確認すること」(括弧内も条文ママ)と定めている。
つまり、対象船舶の「船長等の承諾を得て、停止した」船舶しか検査できない。ならば、「求めに応じない船舶」に対し、何が許されているか。同法は「これに応じるよう説得を行うこと」を定めるに過ぎない。要するに「説得」しかできない(別表参照)。
しかも、同法で可能な武器使用は「自己又は自己と共に当該職務に従事する者の生命又は身体の防護のためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合」に限定されている。加えて、刑法の正当防衛または緊急避難に該当する場合のほか、「人に危害を与えてはならない」と規定する。
これでは、対象船舶に停船を命じることもできなければ、そのために威嚇射撃を実施することもできない。およそ実効的な措置をとることは不可能である。
貨物検査活動に対応する国際社会の取り組みとして、PSI(大量破壊兵器拡散防止構想)が存在する。現在80カ国以上が、PSIの活動の基本原則や目的に対する支持を表明し、実質的に参加・協力している。日本政府も、日本国としてPSI阻止訓練を主催するなど「PSIの活動に積極的に参加してきている」と主張する。
だが、その内実は「積極的」とはほど遠い。なぜなら、他国主催の阻止訓練では、その多くが「机上・指揮所訓練への参加」であり、実動訓練ではない。過去、実動訓練に参加したのは、海上保安庁の巡視船や、警察庁・警視庁及び税関職員特別チームである。肝心の防衛省・自衛隊は「各種会合に自衛官を含む防衛省職員を派遣するとともに、海外で行われるPSI阻止訓練にオブザーバーを派遣し、関連する情報の収集などを行ってきた」(「防衛白書」平成20年版)に過ぎない。その他、防衛白書が記録した参加活動は「展示訓練」と称するパネル展示に留まる。これで「主体的かつ積極的な役割を果たしてきている」(防衛白書)と言えるだろうか。
防衛白書は「たとえばPSI海上阻止活動の際に、海自艦艇や海自・空自航空機による警戒監視などの情報収集活動によって得た関連情報を関係機関や関係国へ提供し、さらに、海上警備行動が発令された場合には、海上保安庁と連携の上、海自が容疑船に対して実効的に乗船・立入検査を行いうると考えている」とも述べている。
逆に言えば、自衛隊が取り得る措置は「関連情報を関係機関や関係国へ提供」することだけであり、「海上警備行動が発令」されない限り、「容疑船に対して実効的に乗船・立入検査」を実施することができない。
海賊対処のため、すでに発令されている海上警備行動を法的根拠として「容疑船に対して実効的に乗船・立入検査」する方法も考えられるが、海上警備行動では、外国船舶を防護するための武器使用ができないと有権解釈されているなどの制約があり、実効的な措置をとることは困難である。
これらの問題点を解消すべく、以下の抜本的な防衛法制の改正を図るべきである。
2.集団的自衛権行使に関する憲法解釈を是正する
上記で指摘した問題が生じるのは、日本国憲法第9条の解釈として、集団的自衛権行使が許されないとの制約があるからである。船舶検査活動に際して、停船命令や威嚇射撃などの措置を取り得ないのも、それらが集団的自衛権行使につながるおそれがあるからに他ならない。PSIで情報提供や展示訓練しかできないのも、以上の制約による。
米国その他の関係国は、PSIに関し、その訓練を含め、軍事活動と捉えている。このため、上記憲法解釈を是正しないかぎり、海上自衛隊は実効的な参加ができない。海上保安庁の巡視船等を活用した共同行動を模索する動きもあるが、ともに実効的な参加はできない。ちなみに、海上保安庁法は「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」(第25条)と明記しており、海自同様、海保も軍事行動はおろか、軍事訓練に参加することも許されていない。
3.防衛法制に関する「ポジ・ネガ反転」を図る
国際慣習法上、「軍艦」には「臨検の権利」が与えられている。条約上も、古くから「公海に関する条約」第22条が、また、「海洋法に関する国際連合条約」第110条が、それぞれ「臨検の権利」を規定する。ところが、わが国は、国際法上の義務と権利を遂行すべき国内法を整備してこなかった。海賊対処に関して、海上警備行動を発令せざるを得なかったのも、このためである。
諸外国では、これら国際法を直接の根拠として軍隊が活動できる法制度になっている。いわゆるネガティブ・リストで軍隊の行動を規律する。つまり、国際人道法条約などで禁止された事項以外は、原則自由である。もちろん当該国政府の命令や規則には縛られるが、たとえ明示的に規定した国内法がなくとも、必要な活動が可能である。軍隊の活動領域が、当該国の施政下以外の敵国領地に及ぶこと、あるいは敵の侵攻などにより、たとえ自国内でも行政機能が麻痺している可能性が高いことなどが、その制度趣旨である。
他方、わが国では、自衛隊が警察予備隊として発足した経緯もあり、国際法上は軍隊として位置づけられるべき自衛隊を縛る法制が、警察法の延長線上で規定されている。このため、ポジティブ・リスト(根拠法令)を整備しなければ活動ができない。仮に、武力行使や武器使用を伴わない活動であれば、「教育訓練」や、防衛省の「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究」(防衛省設置法第4条)と称して強行することも不可能ではない。だが、武器使用を含めた実効的な措置は取れない。このような法的制約を課す国は日本以外にはない。
近年、インド洋上での給油活動やイラク派遣に際して、いわゆる特措法を制定せざるを得なかったのも、以上の理由による。新たに特措法を制定するか、現行法制を一部修正するなどして法的根拠を整備しないかぎり、自衛隊は必要な活動に従事できない。このため、新たな事態が生起するたびに、法整備に要する期間が失われ、日本国としての迅速かつ実効的な貢献を阻むことになる。
日本国は今まさに、その問題に直面している。なお弥縫策を重ねることは国益を損なう。
今回の事態を奇貨として、わが国は防衛法制のいわゆる「ポジ・ネガ反転」を図り、現状のポジティブ・リストからネガティブ・リストへと抜本改正すべきである。
国家基本問題研究所
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