今年5月に出版された武藤正敏元駐韓大使の『日韓対立の深層』は、知韓派外交官による率直な韓国への言として話題になった。「日本大使が初めて明かした外交戦の舞台裏」と裏カバーにある。確かに、現場の証言として参考になる部分が色々ある。
しかし、次の一節に明らかなように、特に慰安婦問題に関し、事実を提示せず謝罪と補償(河野談話とアジア女性基金)で事を収めようとした外務省路線への反省が全く見られない。
《日本が注意すべきポイントは、「狭義の強制性はなかった」という主張は決してしないことです。なぜならその主張は、かえって国際社会に「過去の非人道行為を反省していない」との不信感を植え付け、ますます韓国側に同情を集めてしまいかねないからです。この問題の対応は、世界がどう見ているかという視点で考える必要があるのです。》(pp.23-24)
まさに、「世界がどう見ているか」に関して、事なかれ外交で、大いにマイナスの貢献をしてきた自ら、及びその周辺の実態が見えていない点がこの本の重大な欠陥である。
が、さらに重大な欠陥がある。武藤氏は54ページに次のように書いている。
《そもそも、軍による「強制性」がなかったと言い切れるかどうか。資料がないというのは理由になるのか。軍人による強制連行を資料として残すとも考えられません。また、「絶対になかった」と明確に否定できる証拠にしても見つかることはないと思います。》
わざわざ歴史の法廷で日本の「推定有罪」をつぶやくようなこうした人物が大使であったことに驚かざるを得ない。
果たしてこの認識は、外務省が組織として共有するものなのか、問い質したいところである。
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