公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2017.01.18 (水) 印刷する

アジア結束で米新政権を引き込む 湯浅博(国基研企画委員)

 このような首脳外交ができるのは、日本の歴代首相の中でも卓越した戦略観の持主しかいないだろう。安倍晋三首相の豪州、東南アジアの4カ国訪問は、南シナ海を結節点としてインド洋と太平洋に橋を架けるための戦略外交である。首相が今回の歴訪で伝えようとしたのはシンプルな2つの力強いメッセージであり、その結束力をもって米国の新政権を動かそうとしている。
 共同対処のターゲットとなるのは、南シナ海で7つの人工島をつくり、軍事的なリスクを高めている中国である。
 そこで、首相のメッセージの第1は、アジア海洋地域での航行の自由を確保するための法の支配の貫徹である。これを首相は、「自由で開かれた海」の重要性を強調することで、対中抑止という共通の認識を得ようとした。その第2は、トランプ新政権になってもアジア太平洋地域の安定には、米国の関与が不可欠であることを4カ国に同意を求め、賛同を得ようとした。

 ●成果収めた4か国歴訪
 おそらく安倍首相は、これら海洋アジア諸国の意向を抱いて、就任後のトランプ新大統領との会談で、アジアが結束して米国の「アクト・ウエスト」を求めていることを表明するだろう。オバマ政権はアジア再均衡化の「リバランス」を掲げながら、それに見合う十分な行動が伴わず、中国に南シナ海の人工島造成と軍事化を許してしまった。トランプ新政権には、口先だけの「ルック」ではなく、抑止行動が伴う「アクト」を求めたい考えだ。首相の4カ国訪問はその地ならしであると考えられ、一定の成果を収めたといえる。
 インドのモディ首相は2014年にインドと東南アジア諸国連合(ASEAN)の会議で、「アクト・イースト」政策を発表している。モディ政権の狙いは、1990年に始まった「ルック・イースト」からさらに踏み込み、東アジア諸国との経済・戦略関係を深め、中国に対する抑止を強化することである。
 モディ政権に推進力を与えていたのは、インドのシーレーンを締め付ける中国の「真珠の首飾り」戦略や、これに経済関係を付加した「海上シルクロード構想」にあるだろう。実際にインドは、東アジア諸国に対する関与を具体化している。たとえば、年2度のインドネシアとの合同哨戒訓練を2015年からは一層強化している。さらに日本、シンガポール、オーストラリアとも演習回数を増やした。
 モディ首相と認識を共有する安倍首相は、このモディ・コンセプトを拡大して、米国のトランプ次期大統領に「アクト・ウエスト」を促し、インド洋と太平洋をつなげる対中抑止のインド・太平洋戦略を確立しようとしているのではないか。

 ●注意要するビジネス外交
 すでに、トランプ氏は、ビジネス上の「取引の技術」を外交に援用しようと動き出している。まず、最初に高い価格を提示して、交渉によって取引価格を決定するという、よくあるビジネスの手法だ。トランプは昨年秋、中国に向けていきなりインコース高めの危険球を投げて、習近平主席をのけぞらせた。そのビーンボールこそが、台湾の蔡英文総統を「President」として扱い、台湾を中国の一部とする「一つの中国」原則を事実上、否定した発言であった。
 中国はトランプ発言に怒って、空母「遼寧」を西太平洋に送った。このとき、ハワイでは日米首脳会談を行っていたが、中国はこれしきで空母の派遣を躊躇しなかった。こうした動きに、マティス次期国防長官は米上院軍事委員会で、国際秩序が「第2次大戦以来、最大の攻撃を受けている」と述べ、その文脈で「中国の南シナ海進出」を脅威に上げていた。またティラーソン次期国務長官も上院外交委員会で、中国が尖閣諸島に侵攻した場合には、「日本防衛を約束した協定に基づき対応する」と確約した。さらに、南シナ海上空における中国の「防空識別圏」設定を「違法」と断じてもいる。
 力しか信用しない中国に対しては、実際に行動で示す「アクト・ウエスト」が欠かせない。かつて、東南アジアが日本を経済の手本としたのは、「ルック・イースト」だったが、安全保障はアクト(行動)がなければ、再均衡化戦略が無視されたオバマ政権の二の舞である。
 ただし、今後のトランプ外交が不透明なのは、大統領自身が「取引」を優先しているからで、中国との経済的な取引や妥協が成立すると、突然、安全保障政策ですら変更する可能性がある。日本は相手が同盟国であっても、その動向を油断なく見極め、素早く対処する術を考えたい。