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2017.12.18 (月) 印刷する

「伊方」の差し止め決定は司法の暴走だ 奈良林直(北海道大学名誉教授・特任教授)

 愛媛県にある伊方原発3号機の運転差し止めを、広島の住民らが求めていた仮処分の抗告審で、広島高裁が13日、広島地裁の決定を覆し、運転停止を命じる決定を下した。
 これに対し、四国電力は、「主張が認められなかったことは、極めて残念であり、到底承服できるものではない」とし、1週間以内を目処に広島高裁に異議を申し立てる考えを示している。朝日新聞はじめ反原発メディアは、司法の勝利と狂喜乱舞する記事を多数掲載している。
 しかし、冷静に考えれば、この決定は、高裁判断とは思えない司法の暴走であると思う。今回の決定は、約9万年前の阿蘇山の噴火で、火砕流が原発敷地内まで到達した可能性を指摘している。だが、四国電は、この噴火は「火砕流の堆積物が山口県南部にまで広がっているものの、四国には達していない」ことを地質調査で確認しており、原子力規制委員会も再稼働をめぐる審査でこれを妥当と判断していた。

 ●高裁判断こそ人格権の侵害
 高裁決定が判断の基準に置いた憲法の「人格権」は、人命に関わる危険が明確になっていることをもって適用されるべきものだ。9万年に1回というような、いつ来るか分からない非常にリスクが低い事案に適用してはならない。原発停止で電気代が上がれば、町工場が倒産したり、年金暮らしの生活弱者が生活に困窮したりする。その方がよほど人命にとっては差し迫ったリスクであり、「人格権」の侵害だ。
 火砕流がどこまで達したかが確認されなければ、高裁の主張は根拠がない。司法は、規制委の審査の瑕疵は指摘できるとしても、規制庁や専門家が長時間かけて膨大な調査結果をもとに適合としたことに、独自の判断を加えることは、三権分立の原則を犯す暴走と言うほかない。これこそが「人格権」の侵害ではないのか。
 法治国家で、このような決定がなされることは、法治国家の根幹を揺るがすゆゆしき事案と思う。例えるなら、交通規則を守って車を運転している善良な市民に、「あなたは将来、死傷事故を起こす可能性が否定できないから、車を運転してはならない」と言うようなものだ。

 ●噴火にもろいのは再エネだ
 それでも、百歩譲って、いや1万歩譲って、阿蘇のカルデラ噴火のような破局的な噴火が起きたと仮定する。
 このような場合は、原発反対派が原発に代わると主張する再生可能エネルギーが、真っ先にダメージを受けるだろう。太陽光パネルは火砕流で破壊され、火山灰が降り積もって発電できない。風車も発電機の空冷口に火山灰がつまり発電できない。森林が枯れればバイオマス発電なども立ち行かない。
 火力発電所の液化天然ガス(LNG)や石油タンクが火砕流で損傷を受け、ガスタービンは火山灰で冷却不能となり溶融する。水力発電所もダムが火山灰や火砕物で埋まれば稼働不能になる。稲や野菜・果物などの農作物は枯れ、牧草が枯れれば家畜も餓死する。工場などの生産設備は動かず経済機能はマヒし、日本は収入の道を絶たれるかもしれない。海外からの食料輸入がままならず、多くの国民が飢え死にする。日本人は難民になり、塗炭の苦しみを味わうことになる。
 このとき、日本人が生き残るための唯一のエネルギー源が原発である。野菜もLEDランプを点灯させれば工場で栽培ができる。江戸時代に富士山が噴火して大飢饉となったが、何とか日本人は生き延びた。それより激しいカルデラ噴火でも日本人が生き延びることができるとすれば、唯一の手段が原発と野菜工場である。

 ●原発は現代の「安全の砦」
 コンクリートは1200℃まで耐えることを私は大学の研究室での実験で確認している。排気中の放射性物質を除去するフィルターベントを設置すれば、例え炉心が損傷しても多量の放射性物質を環境に放出することはない。
 後は火山灰対策だが、最新の安全対策をした原発は、万一の場合の非常用電源であるディーゼルエンジンやガスタービンについても、目詰まりを起こすことがないよう必要な空気フィルターを大量に備えている。
 このように考えれば、裁判官の原発運転差し止めの仮処分判断は、人格権の乱用にほかならず、むしろ将来の日本人が生き残る手段を奪い、我が国を滅ぼすことになりかねない。冷静に考えれば、分かることだ。
 2011年の東日本大震災で津波に襲われた宮城県女川町では、原発施設が避難場所に活かされた。震源に最も近かった女川原発が、地震に耐え、被災町民を救ったのだ。欧米では、原発事故時に災害を受けていない地域から、電源車やポンプ車を直ちに空輸するシステムが構築されている。有効な準備さえしっかりとしておけば、原発は、現代の「安全の砦」「人類を救う要塞」となるのだ。