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2017.12.14 (木) 印刷する

「中東和平壊したトランプ」は〝過大評価〟 島田洋一(福井県立大学教授)

 トランプ米大統領が6日、イスラエルの首都をエルサレムと認定し、米大使館を同地に新設移転すると宣言した。日本のメディアや外務省系の評論家等はおおむね、「またトランプが馬鹿なことをした」という調子で報じ、論じていた。反トランプに傾く米主流メディアの論調に沿ったものと言えよう。
 例えば外務省OBの宮家邦彦氏は、「まさか本当に実行するとは思わなかったので、文字通り言葉を失った。……この決定は米国外交上の大失敗であるだけでなく、中東地域の混乱と米国という国家のクレディビリティ(信用)失墜に拍車をかけるだろう。……現在米国内で進行しつつある『ロシア・ゲート』関連捜査との関係もあるのだろう」としている(ジャパン・イン・デプス、12月13日 http://japan-indepth.jp/?p=37339 )。
 宮家氏は、現在メディアが最も重用する外交評論家であるが、上記の論点の全てに疑問符を付けざるを得ない。

 ●十分予想された「首都認定」
 まずトランプ氏の今回の声明は事前に十分予想されていた。意外な面があったとすれば、予想以上に慎重な言い回しが用いられていた点であろう。
 共和党主流派に近い米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、「この決定は、批判者が言うような過激な政策変更とはみなしがたい」「トランプ氏は、自らの決定を『現実の承認』と呼んだが、その通りである」とした上、トランプ大統領がエルサレムの地理的範囲や将来の帰属については立場を取らず、イスラエル・パレスチナの「2国家共存」も当事者間の合意ができれば支持するとした点に注意を喚起している。
 そして、「アラブの指導者たちは大使館移転を非難した。しかしその怒りが長く続くかは疑問である。スンニ派アラブ(筆者注:盟主はサウジアラビア)は、イスラム・テロやイラン帝国主義の脅威に直面しており、パレスチナ問題への関心は3次的である」としている。実際、今日現在、大きな衝突は起きていない。
 アラブ事情に詳しい野村明史氏は本欄に寄せた一文で、中東諸国の首脳らの姿勢に「自国の安定を揺るがす厄介事は避けたいという彼らの本音」を読み取り、「近年、パレスチナの問題は棚上げされ、近隣諸国はどこも積極的な関与を控えてきた。……過激派組織『イスラーム国』(IS)やシリア内紛、サウジやエジプトなどによるカタール断交など、中東諸国が直面している大きな現実的課題もパレスチナ問題への関心を低下させている」と述べている。妥当な判断だろう。
 ボルトン元米国連大使は、アメリカ政府は「罪のない一般市民に対する露骨な暴力行使の脅しに、余りに長い間屈してきた。脅迫が効くという印象を与えてきた。トランプはそれを払拭した」と大統領の決断を高く評価している。その意味では、アメリカの「クレディビリティ」は増したと言える。

 ●メディアが欠く大きな視点
 中東のパワー・ポリティクスにおける最大の不安定要因は、いずれも地域大国かつ大産油国であるサウジとイランの対立である。そして、ヒズボラ、ハマスなど反イスラエル・テロ勢力を支援しているイランにおいて、レジーム・チェンジが起こらない限り、パレスチナ問題の抜本的解決もないだろう。
 「アメリカは仲介者としての資格を失った」「中東和平を壊したトランプ」といった論難は、良くも悪くもアメリカの影響力に対する過大評価である。
 米大統領が「仲介」し、話し合いでパレスチナ問題を解決するといった条件は現在整っていない。カーター大統領の仲介によってイスラエル・エジプト間にキャンプデービッド合意が成立したのは、エジプトにサダトという強力かつバランス感覚に優れた指導者が現れたが故であった。
 アメリカの大使館移転といった小さな「事件」ではなく、大きな視点で中東問題を捉えねばならない。なお、トランプ政権の動きに関し、何でも「ロシア・ゲート隠し」につなげる論調は、何でも「モリカケ隠し」につなげる朝日新聞その他の日本における論調に似ている。メディアや評論家の劣化を示すものと言えよう。