公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

  • HOME
  • 国基研ろんだん
  • エルサレム首都認定が映す中東の現実 野村明史(拓殖大学海外事情研究所助手)
2017.12.13 (水) 印刷する

エルサレム首都認定が映す中東の現実 野村明史(拓殖大学海外事情研究所助手)

 トランプ米大統領が6日(日本時間7日未明)、エルサレムをイスラエルの首都と認定し、テルアビブにある米大使館を移転すると公式に発表した。米議会は1995年、大使館のエルサレム移転を義務付ける法律を可決しており、トランプ氏も就任前から公約に掲げていた。
 しかし、歴代の米大統領は中東での混乱を避けるため、その決定を先送りする文書に半年ごとに署名してきた経緯がある。今回は、先送り決定の期限が4日に再び到来したのを機に、国内支持者向けのアピールとして決断したというのが大方の見方である。トランプ氏は、エルサレムをイスラエルの首都認定をしたものの、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教の共通の聖地としての理解を示した。

 ●希薄な反応、連携の弱さ
 決定を受け、パレスチナ自治政府のアッバス議長は、和平プロセスの努力を台無しにし、地域の不安定化をもたらすと反発。中東諸国の各首脳も強い非難と、地域の不安定化の懸念を表明した。世界最古のイスラーム大学であるエジプトのアズハル大学総長もエルサレムへの米大使館移転をやめるように緊急表明を出したが、サウジアラビアの最高宗教指導者(大ムフティー)アブドルアズィーズ師は、未だ特にコメントを出してはいない。各国の反応もそれぞれである。
 これらの反応から、中東諸国各首脳もイスラーム教徒として米国へ強い非難を表明しつつも、「地域の不安定化の懸念」という表現に見られるように、自国の安定を揺るがす厄介事は避けたいという彼らの本音もうかがい知ることができる。
 近年、パレスチナの問題は棚上げされ、近隣諸国はどこも積極的な関与を控えてきた。この問題がイスラーム教徒側優位に動くことは現実的に難しく、統治の正当性やイスラーム教に対する姿勢を疑問視されるため、何も触れず、そのままにしておくことが最善とされてきたからだ。
 また、過激派組織「イスラーム国」(IS)やシリア内紛、サウジやエジプトなどによるカタール断交など、中東諸国が直面している大きな現実的課題もパレスチナ問題への関心を低下させている。
 5日にクウェートで開かれた湾岸諸国(GCC)首脳会合では、クウェートとカタールのみ国家元首が出席し、サウジとアラブ首長国連邦(UAE)は非王族が出席するという異例の開催となり、明らかなGCC間の不和が露呈された。このような中東諸国間の連携の弱さも今回の希薄な反応へとつながっているのだろう。

 ●中長期には大きな禍根に
 一方、民衆レベルでの抗議活動も当初はそれほど盛り上がりが見られなかった。長年のパレスチナ問題の棚上げは、人々に問題解決の難しさを十分に痛感させたともいえる。近年の中東での騒乱で人々は疲れ切っており、苛立ちは示すものの圧倒的力を有する大国の前に人々は無抵抗を強いられるばかりである。しかし、中長期的に見た場合、今回の決定はイスラーム諸国へ大きな禍根を残すことは間違いない。また、過激派に反イスラエルという大義名分を与え、その主張に踊らされる者が出てくることも懸念される。
 民衆の中には、宗教的意義だけでなく、むしろ大国に意のままに踊らされる屈辱と捉える者も多いため、この問題への関与には慎重な姿勢が必要とされるであろう。