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2018.09.25 (火) 印刷する

北方領土とクリミアのバーター論 名越健郎(拓殖大学海外事情研究所教授)

 日露間の北方領土交渉は、プーチン大統領が年内に無条件で平和条約を結び、その後に領土交渉を行うとする〝棚上げ案〟を表明するなど、大きく後退している。安倍晋三首相が悲願とする「任期中の領土問題決着と平和条約締結」に暗雲が漂うが、領土割譲に消極的なロシアを動かすには、従来のやり方では、もはや不可能だろう。対露交渉では、ロシアに返還を決断させるような変化球やサプライズが必要となる。一つのカードになり得るのが「クリミア」だ。

 ●クリミア問題に転機も
 プーチン大統領は2014年3月にウクライナ領クリミアを強制併合した際、クリミアを「ロシアの固有の領土」と呼んだ。18世紀のエカテリーナ女帝時代にトルコとの戦争で奪ったクリミアはロシア領だったが、1954年にソ連のフルシチョフ首相がロシア共和国に属したクリミアをウクライナ共和国に編入した。プーチン大統領はこれを「憲法違反」と非難し、歴史を正したと強調した。
 その後、巨費を投じてクリミアと本土を結ぶ橋を架けるなど、実効支配を強化している。プーチン大統領は今年3月、「クリミアの返還は絶対にあり得ない」と強調した。しかし、クリミア併合を続ける限り、これを「違法占拠」とみなす欧米諸国は対露制裁を解除せず、ロシアの孤立が続くことになる。
 ロシアがクリミアを併合したまま、欧米の制裁解除を果たすには、ウクライナと交渉し、ウクライナ側にクリミア移管を合法と認めてもらう以外に手はなさそうだ。ただし、反露で固まるウクライナのポロシェンコ政権がクリミア移管を容認するはずがない。
 ただ、来春に予定されるウクライナ大統領選では、経済困窮を招いたポロシェンコ大統領の支持率は低く、女性の改革派、ティモシェンコ候補が優勢だ。ティモシェンコ氏は親欧米派ながら、プーチン大統領とはパイプがあり、大統領に当選すれば、ロシアと一定の対話が行われるだろう。
 
 ●ロシアとウクライナを仲介
 ここで日本が登場し、ロシアとウクライナの両国関係の仲介役を務めることも不可能ではない。日本は先進7カ国(G7)ではウクライナへの大口支援国だが、デフォルトも近いウクライナに巨額の援助を行うことで、ロシアとウクライナ双方の顔を立て、クリミアと北方領土の「三角トレード」を試みたらどうか。日露にとっては、それぞれが「固有の領土」をバーターする構想である。
 北方4島の4倍以上の面積があり、気候も温暖な保養地であるクリミアは、「ロシアのカリフォルニア」といわれる。北方4島は日照時間が短く、気候も過酷で永住には適さない。ロシアの識者は「クリミアの重要性は南クリル(千島)の百倍以上だ」と述べていたが、クリミアを合法的に確保できれば、ロシアの北方4島への執着は薄れ、領土バーターに乗り気になるかもしれない。
 むろん、欧米の反発、ロシア愛国主義者の抵抗など障害は多い。外務省当局者にこの案を話すと「荒唐無稽」と一蹴されたが、無策の日本外務省に任せると永久に領土返還は困難だろう。プーチン大統領と強力なパイプを築いた安倍首相に「変化球外交」として検討してもらいたいところだ。