公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2018.09.26 (水) 印刷する

米中貿易戦争というより覇権戦争 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

 嘗て、米国の大学院でネットアセスメント(総合戦略評価)の教務を受講していた際、これが米国の覇権維持戦略かと印象深かった内容がある。横軸に友好度の度合いを、縦軸に国力の度合いをとるグラフで、敵対的且つ国力が強化されつつある国をグループ分けし、米国に近づけないとする内容であった。

 ●厳しさ増す一方の対中認識
 「トゥキディデスの罠」という言葉がある。覇権国家と新興国家がぶつかり合う現象で、武力戦とは限らず経済戦もある。
 米国が中国を自国の覇権に取って代わる行動をしていると気づき始めたのは、中国専門家としてアメリカの歴代政権の対中政策に関わってきたマイケル・ピルズベリーが『100年マラソン』を出版した数年前であろうか。筆者も毎年、米国で有識者と懇談しているが、年を追って米国内の対中認識は厳しくなっている。
 中国は2015年5月、「中国製造2025」を発表した、向こう10年間で中国を製造大国から製造強国へと変身させるロードマップだ。これに対抗して中国の経済・技術力を削ぐ米国の行動が昨今の米中貿易戦争であると筆者は認識している。
 この現状をトランプ大統領個人の考えに帰すると考えている人は米国の世論を見誤っている。今年4月、米商務省は米企業に対し、中国の通信機器製造大手、中興通訊(ZTE)への部品販売を7年間禁止する措置を取ると発表した。その後、習近平主席がトランプ大統領と直接掛け合い、この措置は緩和されたが、今度はその緩和措置に対して米議会が猛反発した。議会は米国民の総意として中国の覇権にノーの意思を示したと考えていい。

 ●「夜郎自大」で虎の尾踏む
 韜光養晦とは、1990年代に当時の中国の最高指導者、鄧小平が強調した「才能を隠して、内に力を蓄える」という中国の外交・安保の方針である。2009年7月、当時の胡錦濤政権は駐外使節(大使)会議で「堅持韜光養晦、積極有所作為」(能力を隠して力を蓄えることを堅持するが、より積極的に少しばかりのことをする)と修正、さらに習近平政権は立て続けに米国の覇権に挑戦するような言動を採り続けてきた。筆者に言わせれば己の実力を過信した「夜郎自大」政策が遂に米国の虎の尾を踏んでしまったと解釈している。
 テレビの論調を聞いていると、「貿易戦争は双方の為にならない」といった、足して二で割ったような評論が多いが、中国の軍事力増大と覇権主義に危機感を募らせている日本としては、米国の政策を積極的に支援すべきではないか。
 「中国が混乱して難民が出るようになるのも困る」といった主張は、まさに杞憂に過ぎないと思う。