公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

2020.04.03 (金) 印刷する

コロナ騷動と中台關係 伊原吉之助(帝塚山大学名誉教授)

 昨年11月に中国武漢市で発症した新型コロナウイルスによる感染症が、今や世界中を席捲している。グローバリズムからナショナリズムへの揺り戻しと、産業構造の一大変革という人類史上の大転換が生起中だが、今回は中台関係に焦点を絞って考えてみたい。
 コロナ騒動は、米中二大勢力の覇権争いの真っ只中で生じた。第二次世界大戦後、米ソ二大陣営が東西冷戦で覇権を争い、20世紀末のソ連崩壊後は米国一強体制になったかに見えたが、冷戦の渦中で米国が育てた中共政権が習近平指導体制になると、米国と対抗し始めた。
 中共政権はいくら育てても西側体制になじまず、独自覇権を目指すと判って、米国は中共政権潰しに方針を転換したのがトランプ政権以降だ。東アジアにおける米中対抗の焦点は台湾の争奪だから、本テーマの解明が大事となる。

 ●突破口は台湾のWHO復帰
 習近平の夢想は、阿片戦争以來の屈辱を跳ね返して中共政権が世界に君臨すること、そのため「一帯一路」構想により、中国人を世界にばら撒きつつある。
 東アジアで中共政権が権勢を拡張する焦点が、いわゆる第一列島線の突破であり、その突破口が「不沈空母」台湾の領有である。台湾は空母6隻に匹敵すると言われる要衝だ。中共海軍は台湾領有により、西太平洋を勢力範囲に收められる。
 米国は、オバマ政権までは中共育成策をとったから、台湾は歴代米政権から、中共を刺激せぬよう、現状維持策をとらされてきた。陳水扁政権2期目から蔡英文政権まで、民進党は厳しく「現状維持」を護持させられてきたのである。
 だがトランプ政権に到って米国は、中共を見捨てて台湾護持に立場を変えた。その代表的措置が、この3月末に米国で成立した通称「TAIPEI ACT」(台湾国際保護法)である。そして米国の台湾保護の突破口が、台湾のWHO(世界保健機関)での「オブザーバー復活」である。これに今回の新型コロナウイルス事件での台湾の見事な対応が密接に関わる。

 ●台湾の行き届いた防疫体制
 「瘴癘しょうれいの地」であった台湾を衛生的な地に変えたのは、日本の統治である。そして日本の統治時期に、台湾の俊秀が進学したのが、医学方面であった。この傾向は戦後も変らず、台湾は世界で有数の医療大国となった。その台湾が苦労したのが、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)騒ぎの時の中共による情報封鎖である。
 中共政権は、「一中」(一つの中国)原則と称して台湾を自国領とする建前を堅持するから、台湾の国連組織加盟もオブザーバー参加も認めない。だから陳水扁民進党第1期政権時に起きたSARS騒ぎの時は、台湾は、母国のはずの中共からもWHOからも情報が得られず、感染が広がって73名の死者を出した。この苦い経験を生かして、今回は迅速、的確に対応した。
 12月31日、武漢市当局が発症者27人の存在を認めた途端に、台湾当局は武漢からの直行便の機中検診を始め、以後ずっと継続。1月26日に中国人観光客の入国を停止。2月6日には中国人の訪台を全面禁止した。この素早い対応で、台湾は犠牲者を最小限に留められた。

 ●中国国民党も中共離れ
 中台関係で中共の台湾統一政策の台湾での受け皿になってきたのが、民進党と政権を争う中国国民党である。2005年4月、訪中した連戦中国国民党主席が北京で胡錦濤中共総書記と第三次「国共合作」会談をして以来、中国国民党は統一路線の台湾側の受け皿であった。
 だが、その国民党にも変化の兆しが現れ始めた。今年1月11日の総統選に敗れた国民党は3月7日、党主席を改選し、48歲の若い改革派江啓臣が68.8%の得票を得て、67歲の長老郝龍斌を破って当選した。注目点の第1は、両候補とも総統選の敗因を「中共寄り」路線に求め、共に「中国離れ」を主張する異例の展開となったこと、第2は、当選した江啓臣が国民党の理念を「華人社会で自由と民主主義を牽引すること」と述べ、「中国」国民党を「台湾」国民党に変える方向を明示したこと。つまり、台湾では習近平中共政権の台湾圧迫を、民進党も国民党も排除する方向で政策を調整しているのである。
 台湾は習近平中共政権の露骨な台湾圧迫に反発し、香港同様、中国大陸から離れる方向に進みつつあるのだ。
 習近平は激怒の余り、恒例の、総書記名での祝電を、今回は送らなかった。