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2020.10.05 (月) 印刷する

安倍政権の対北朝鮮政策は成功だった 西岡力(モラロジー研究所教授・国基研企画委員)

 安倍晋三首相の退陣前後に、その北朝鮮政策を批判的に総括する議論がいくつか出ている。北朝鮮問題を長く扱ってきた学者やジャーナリストが、トランプ政権とともに強い圧力をかける政策を実行してきたことを、そのために首脳会談に北朝鮮が応じず、拉致問題が進展しなかったなどと批判しているのだ。

しかし、安倍前首相の北朝鮮政策は成功している、その成功を土台に菅政権が拉致問題で大きな成果を上げる機会が来ていると、私は考えている。

最大圧力で追い詰める

安倍前首相がトランプ大統領をリードしながら進めてきたマクシマムプレッシャー(最大限の圧力)政策は成功しつつある。金正恩政権の弱点である朝鮮労働党39号室の統治資金の枯渇をターゲットにした経済制裁が成功して、金正恩政権はいま、存亡の危機を迎えている。

一方、安倍前首相は北の核ミサイル廃棄と拉致被害者の帰国が実現しない限り、制裁を緩めず、経済支援もしないという国際包囲網を完成させた。金正恩はハノイでの米朝首脳会談での取り引き失敗後、自力更生を叫んで国内の引き締めを図っているが、コロナウイルスの感染蔓延と度重なる水害が経済制裁で疲弊した経済に打撃を与え、政権を支える平壌市民、軍、治安機関への配給ができなくなる危機を迎えている。

したがって、全拉致被害者の一括帰国という高いハードルを金正恩が受け入れざるを得ない環境作りは成功した。あとは金正恩に日本との首脳会談を決断させることだけだ。

4つの経済からなる北朝鮮

日本の北朝鮮専門家は労働党39号室資金について、この間、全く論じないか、論じても重要視しない態度を取ってきた。そのため、安倍政権の功績を理解できないのだ。そこでこの間、私たちが安倍氏らと議論してきた39号室資金をターゲットにした制裁の効果ついて簡単に紹介しよう。

この問題を理解するためには北朝鮮経済の全体像を知ることが必要だ。北朝鮮の経済は大きく4つに分けられる。

第1経済は政府が立てる計画にしたがって動く計画経済だ。軍需産業を除くすべての事業所、協同農場などがここに属している。社会主義の国では、本来は国内の全ての産業が計画に従って動いているはずだ。

ところが、北朝鮮ではその常識が通じない。1970年代前半に、正恩の父、金正日が主導して計画経済の外に軍需産業を置き、それを管理する第2経済委員会という政府とは別の組織を作ったからだ。これが2つ目の経済だ。第2経済委員会は党の軍事工業部の統制を受けている。

しかし、軍需産業を維持するにも外貨が必要だ。また、金一族の贅沢な暮らしを維持するにもやはり外貨が必要だ。核ミサイル開発や韓国への政治工作にも外貨は欠かせない。やはり金正日が1970年代前半に自分直属の外貨管理組織を作った。それが39号室の管理する統治資金だ。

マツタケからニセ札まで

39号室には朝鮮総連からの秘密送金や韓国左派政権からの支援金、外交官や貿易関係者をはじめ全人民から毎年徴収する忠誠資金に加え、武器、マツタケなど金目になる輸出品で得た資金や、麻薬、ニセ札、ハッキングなど犯罪で得た資金などが集められ、金父子が自由に使ってきた。

米国の情報機関は39号室の資金規模を1980年代に40億~50億ドル程度と見積もっていた。一方、日本経済新聞のソウル支局長を務めた山口真典氏は、2013年に出した名著『北朝鮮経済のからくり』で300億~500億ドルと見ていた。

4つ目がヤミ経済、人民経済だ。1990年代半ば以降、第1経済が破綻して大多数の人民らへの配給が止まり、300万人以上が餓死した。その後、人民は皆、計画経済の外で自分の才覚でヤミ商売、露天食堂、ヤミ畑耕作、売春、犯罪などで食べていくようになった。

全国に自然発生的なヤミ市ができ、それを当局が後追い的に「チャンマダン(市場)」として公認し、そこから営業税を取るようになった。そこで小金を貯めた者らが運送業、流通業、家内制手工業、サービス業などを行うようになり、その中から、かなりの金を持った「トンジュ」と呼ばれる新興富裕層が生まれてきた。

39号室に制裁の狙い絞る

この全体構造を理解した上で、私を含む日韓のごく少数の専門家らは、北朝鮮に核開発を止めさせ、拉致被害者を取り返すためには、39号室資金にターゲットを絞った制裁を課すべきだと90年代から議論してきた。

私は安倍氏に対し、首相になる前から機会あるごとに、総連からの秘密送金が独裁政権を支える39号室資金を支えているから、それを遮断すべきだと問題提起してきた。安倍氏はそれをよく理解し、日本の対北制裁のターゲットを39号室資金に絞って諸政策を組み立てた。

2006年、第1次安倍政権の発足直後に打ち出した「拉致問題の解決に向けた方針」の中には「現行法制度の下での厳格な法執行を推進する」という項目が明記された。この方針に従って警察や国税庁などが、それまで事実上容認されていた総連の不法行為を厳しく取り締まり始めた。

その結果、90年代初めには、内閣調査室の調べで年間1800億~2000億円相当の資金と物資が総連から北朝鮮の39号室に送られていたが、それをほぼゼロにすることができた。

物流止まり、外貨も枯渇

マツタケの輸入禁止は拉致と核を理由にした日本の独自制裁だが、総連議長の息子が北朝鮮産マツタケを中国産と偽って密輸し、逮捕されるまでに至った。朝銀信組からの不正融資を媒介にした送金も、いまは不可能になった。過去の不正融資を暴いて厳しく取り立て、総連中央本部ビルを競売にかけるところまで行った。

また、総連系企業の税務申告を朝鮮商工会が代行して大幅な脱税を行ってきた悪しき慣行も完全に正された。これらはみな安倍政権が定めた厳格な法執行方針による成果だ。その上、2017年に国連安保理事会が決議した強力な経済制裁で、北朝鮮は輸出で得ていた外貨の9割を失った。

今年に入ってからは、最後の頼みの綱だった中国人観光客がコロナウイルスを恐れて誘致できなくなり、中朝国境も封鎖されて物流が止まった。39号室は大きな打撃を受けている。最近私は39号室の状況をよく知る第三国の関係筋から驚くべき情報を得た。いま39号室資金はほぼ枯渇し、残高は1億ドルを切っており、金正恩の執務室の整備工事や中国人観光客を呼び込むための温泉リゾート建設費用についても支払いに充てる外貨がなく、金塊を使って決済をしたという。