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国基研ろんだん

2020.09.28 (月) 印刷する

米最高裁人事は「百年マラソン」 島田洋一(福井県立大学教授)

安倍晋三前首相の功績を称える声は多くあるが、その最高裁人事については全く話題にならない。これは日米の大きな違いである。アメリカでは、任期中の裁判官人事が、大統領の歴史的評価における大きなポイントとなる。

9月26日、トランプ大統領が、最高裁で最左翼に位置したルース・ベイダー・ギンズバーグ判事(享年87)の後任候補に、保守派がかねて推してきたエイミー・コーニー・バレット控訴裁判事(48)を指名した。

終身だが戦略的引退も

バレット判事が上院で承認され、ギンズバーグ氏の年齢まで務めるなら、約40年最高裁に籍を置くことになる。大統領が1任期4年だから、10倍に当たる長さである。しかし実際は、影響はさらに長期に及ぶ可能性が高い。過去の実例を見てみよう。

ブッシュ父大統領の最大の痛恨事は、1990年、元ニューハンプシャー州知事のジョン・スヌヌ首席補佐官らの誤った情報に引きずられ、同州最高裁判事だったデヴィッド・スーター氏を連邦最高裁判事に指名したことだった。

目立った論文がないスーター判事をスヌヌ氏は保守派と請け合ったが、スーター氏は連邦 最高裁の判事に就任後、判決において加速度的にリベラル的立場を打ち出していったのみならず、2009年、70才を前にして突如引退表明し、当時のオバマ大統領が若いリベラル派を後任に指名できるよう動いた。

連邦裁判所判事の任期は、最高裁、控訴裁(高裁)、地裁含めすべて終身だが、任意に引退することは出来る。急死の場合は別として、時の大統領が誰かに応じて戦略的に引退時期を決めるのが、政治意識の高い判事たちにおいて常識となっている。

大統領は事実上二権の長

一旦就任すれば、在任は数十年に及ぶとよく言われるが、引退どきの調整を通じて、同じ立場の判事にさらに数十年つなぐことが可能になる。判事ポストを1つ取れば、百年近いスパンで最高裁の構成に影響を及ぼしうるのである。

中国専門家のマイケル・ピルズベリー氏が、中国共産党による息の長い覇権獲得戦略を「百年マラソン」と名付けたが、米最高裁人事にも、上記の通り「百年マラソン」の趣がある。近年、保守とリベラルの対立がますます深まる中、最高裁人事を巡って凄まじい政治闘争が起こるのはその故である。

トランプ氏が仮に一期限りの大統領で終わっても、比較的若い保守派の判事3人を最高裁に送り込み、連邦裁判所を長期にわたって「健全化」させた業績で、保守派サークルにおいては、偉大な大統領の列に置かれることになろう(承認権を持つ上院が共和党多数だったという幸運を割り引いても)。

「大統領を取ることは二権を取ることだ」と言われる。行政と司法の二権である。しかも後者は、しばしば途轍もなく長い時間に及ぶ。米政治における最高裁人事の意味合いは、日本では想像の付かないほど大きい。