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国基研ろんだん

2022.04.01 (金) 印刷する

ロシアの暴挙に目覚め、戦略練り直すとき 岩田清文(元陸上幕僚長)

我が国は、地政学的、歴史的に、常に北のロシア(旧ソ連)、朝鮮半島、そして南西の中国の3正面、さらに東の米国を加えた4正面に対し、どう立ち向かい、付き合っていくのか、国家の生存と繁栄に繋がる極めて重要な戦略的判断を継続してきた。一時期、その判断に大きな失敗をした時代もあったが、そのような過ちは二度とあってはならない。

価値観が共有できる最も強い国と同盟を組み、主敵を絞った上で、他の正面は隙を見せずに抑止をしていくことは戦略の常道である。

米国の「国家防衛戦略」見直し

この観点において、米国との同盟関係を更に強固にしていくことは論を待たない。核戦力を含む軍事力を急激に増強しながら、その力を持って現状変更を進め、覇権拡大を野心的に進める中国は、脅威であり主敵である。また北朝鮮の核と弾道ミサイルが、今そこにある脅威であることも言うまでもない。そしてロシアは、冷戦以降一定程度のエネルギーを確保する観点、並びに北方領土交渉を継続させるためにも、パートナー国として位置づけてきたが、ウクライナ侵略という現実を踏まえ、国家安全保障上の重大な課題として戦略を練り直す必要がある。言うまでもなく、平和条約交渉などは論外である。

米国が3月28日に概要を公表した「国家防衛戦略」では、中国を安全保障上の最大の課題に位置付けるとともに、ロシアに対する警戒感も強く反映された。米国は、その軍事能力上、中露「二正面作戦」、「同時対応」は困難とされ、中国を「唯一の競争相手」にしつつも、ロシア対応の見直しを検討するため、「国家防衛戦略」の公表を延ばしていた。昨年8月にアフガニスタンから駐留米軍を撤収させたのも、中国対応に集中させるためであり、欧州正面は北大西洋条約機構(NATO)加盟国に任せたいからであった。

歴史的大転換を決めたドイツ

しかし、ロシアのウクライナ侵略で、NATO加盟国で不安感が高まったため、「国家防衛戦略」ではロシアに対する「強固な抑止力」についても明記されたようだ。さらに核戦略に関しても、ロシアの戦術核使用の可能性に鑑み、方針変更を迫られた。策定中の「核戦力体制見直し(NPR)」では、核兵器の役割を、通常戦力への対応を含まず、核攻撃の抑止と報復に限定することを検討してきたが、これまでどおりとされるようだ。

これまでロシアに対する独自の融和外交を続けて来たドイツも、歴史的な戦略の大転換を決断せざるをえない状況に追い込まれた。最も判断を躊躇していたロシアからの天然ガス供給パイプライン「ノルドストリーム2」の稼働承認を停止するとともに、これまで避けてきたウクライナへの兵器供給にも踏み切った。そして軍事費も国内総生産(GDP)の2%に増加することを表明した。それもドイツ社民党・緑の党という中道左派連立政権の判断である。

日本も具体的、抜本的議論を

ロシア対応の見直しは、先進7カ国(G7)首脳会議(3月24日)においても議論された。岸田文雄首相は「G7が共通の価値に基づく秩序を守るため、強固な連携と断固たる決意を示していくべきだ」と述べ、日本もG7の一員として連帯して対露戦略の在り方を協議していくことを確認した。

政府は年末に予定する「国家安全保障戦略」の改定で、ロシアのウクライナ侵略を受けて、対露戦略を見直す方針を固めたと報道されている。対露戦略のみならず、見直すべきことは山積みである。

我々は今、核大国が武力行使し、仮に戦術(小型)核を使用しても、国際社会はこれを止める手段を持たないという核抑止力の限界を目にしている。そして同盟国を持たず、自衛のための反撃力も保有しない国の悲哀も認識し、情的にも共有している。さらに、もし国民の愛国心、抵抗意識が低く、軍事組織が弱ければ、国は亡びるかもしれないという現実をも理解できる時、日本はどうすべきなのか。

中国を主敵としつつ、北朝鮮、ロシアに対し、どのような戦略を持ち、どのように抑止していくのか、空理空論ではなく、具体的、抜本的な議論が欠かせない。
 
 

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