「台湾有事は日本有事」。安倍晋三元首相の卓見を待つまでもなく、中国による台湾への武力侵攻は、想定される意図や規模からも日本の安全保障にとって戦後最大の危機であることに疑いの余地はない。米軍との協力による自衛隊の活動も、全く新たなステージを迎えることになる。
とりわけ武力衝突の近傍にあたる我が国の南西諸島は、否が応にも直接その影響を受けるため、地域住民を保護し、いかにして安全な地域まで避難させるかの具体的想定は重要である。その際、適用されるのが国民保護法である。日本領域内で発生した有事に際し、地域住民の避難と救援について、国と地方公共団体及び関係諸機関の責務と役割を初めて規定した法律であり、事態対処法(2003年制定)と車の両輪をなすものとして04年に制定された。
国民避難なき防衛行動は不可能
ただし、戦後の有事法制整備は遅れに遅れた。その間、「専守防衛」の用語が防衛白書第1号(1970年)に登場して以来、もっぱら我が国領域内での防衛行動が日本の国防政策や具体的行動の指針とされた。
しかし、日本の陸海空の領域では、日本国民の日常生活や経済行動が営まれ、その人々を避難させない限り、自衛隊の防衛行動は事実上不可能である。「住民避難は完了した」との確認から始まる訓練実態が、それを如実に示している。したがって「専守防衛」を国防の指針としたのと同時に、国民の避難と救援を目的とした国民保護法も制定されて然るべきであった。
加えて、島国日本では、殊の外この避難が難しい。例えば日本領土の最西端にある与那国島をはじめ、石垣島や宮古島など先島諸島の住民全員を沖縄本島や日本本土へ避難させることなど、国の政策として現実的にも困難を極める。どれほどの住民を、どのような手段で、移送するか、その場合、どの程度の時間を要するか―など、実際の訓練で確認した事例もない。
武力侵攻が起きてからでは遅い
国民保護法は、特定地域への着上陸侵攻やミサイル侵攻事案などを想定し、事前に警報等によって地域住民に知らせ、安全確保を図ることを目的としている。しかし、同法が適用されるのは、あくまで日本への武力侵攻(武力攻撃事態)を基本とし、その予測事態における対応を含む場合が原則であり、加えて多人数の殺傷事案で、国による対応が必要な場合などを想定した緊急対処事態を含む事態認定が要件である。日本への武力攻撃等の事態発生と法律上の認定がすべての発端である。
だが、国民保護法の最大の目的が、地域住民の安全確保にあるとすれば、本来、武力侵攻が始まる前に安全な地域への住民避難を完了させていなければ意味はない。つまり、日本近傍での武力衝突による影響を想定すれば、日本への直接的な武力侵攻や多様な被害が及ぶ前に、国民保護法の適用による避難を始めなければ法の実効性は保てない。ところが国民保護法に、その想定はない。
改正による法的対処は喫緊の課題
即ち、事態対処法における「存立危機事態」時や、重要影響事態法における「重要影響事態」時での適用をも想定しておくことが必要不可欠であろう。
この両事態とは、我が国への直接的武力攻撃には至っていないものの、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」(事態対処法第2条)や、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」(重要影響事態法第1条)である。
時を置かずして、日本のいずれかの地域住民に甚大な影響や被害を及ぼす事態が想定されている以上、この時点で国民保護法を根拠とする避難を開始するか、少なくともその準備行動を取らなければ、法の趣旨を実現することはできない。認定事態をさらに加筆するか、現行法上の事態定義を改めるか、いずれにせよ国民保護法の改正による法的対処は喫緊の課題である。