ギラッド・コーヘン駐日イスラエル特命全権大使は、12月1日、国家基本問題研究所において、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員に対し、10月7日に発生したハマスによるテロ攻撃に関するイスラエルから見た現地情勢とイスラエル政府の立場について講演し、その後意見交換した。
イスラエル大使による講演の概要は以下のとおり。
【講演概要】
はじめに
イスラエルと日本は、地理的な距離に関わらず歴史を通じて長い友好関係を共有しており、同志協調国として近年その関係はさらに強化されつつある。しかし、特に「10月7日事件」以降のイスラエルに対する日本のメディア報道や抗議活動を見ていると、検証されていない“根拠”に基づいた一方的な主張が見られ、そうした論調を鵜呑みにすることは、現地情勢に寄りそう全世界からの善意と同情を逆手に取った、まさに敵対勢力の術中に嵌ることである。
宗教的祝日が重なった安息日の早朝に、3000人のテロリスト集団が陸海空各方面からイスラエル領内に侵入し、特定の目的を持って近隣の住宅地を目指した。押収された証拠品の指令文書、逮捕された戦闘員の尋問、生存者・釈放された人質からの証言によって、ハマスの恐ろしく非人道的志向が明らかとなっている。その目的は、イスラエル人である、またはイスラエル国内にいるという理由で、老若男女問わず全く無辜の市民に対し残虐な方法で暴行を加え、殺戮せよというものである。留意すべきは、多数の死傷者や捕らわれた人質には43か国の外国籍者が含まれていたことだ。無差別ロケット・ミサイル攻撃が市街地に対して行われ、特に直接侵攻を受けたイスラエル南部の町々では、近現代の人類史上で最悪ともいえる残虐な攻撃が行われた。その凄惨さは、ジェノサイドを目論んだ人道に対する罪としか表現できないであろう。
対テロ戦争
イスラエルは建国来75 年の一民主主義国として、悪名高いテロ組織ハマスの残忍なテロと物理・論理両面において戦っており、国防軍(IDF)は迅速に事態対応し、一定の成果を挙げている。
ハマスはその「憲章」に明記されるように、自らの組織の存在意義をイスラエルの国家と人々に対する純粋な憎しみによって動機づけている。子供たちに隣人に対する憎悪を体系的に教える教育制度が知られており、それにより何世代にも渡る憎悪感情が植え付けられる。一方が人類の向上を追究する横で、もう一方が隣人を憎み破壊することを教え、実際に行っているのを目撃するに至り、近い将来に両者間での平和的共存が実現される期待値は極めて低いと言わざるを得ない。
イスラエルに対してテロ攻撃を行うほどの武装ができたのに、これまでの国際援助物資がなぜ不足しているのか、本当に必要としている人々に届けられていたのか、明確にすべきであろう。ハマスは類似組織やある国々から何等かの支援を受けているものと見られ、イスラエル領内の無辜の市民に対して行った卑劣な暴力行為に対し、国際社会が何も行動を起こさなければ、その正当性に深刻な懸念が生まれるだろう。
人道的価値防衛の最前線
イスラエルは自国、地域、そして域外の安定と繁栄のために、憎悪的脅威を根絶する強い意志を持って戦っている。10月7日以来行われているテロ攻撃が許容されるとすれば、その脅威が世界中へと直接拡大していくことに各国は強く危機感を抱くべきである。世界はつい近年まで、残虐な ISISの脅威に直面していたが、国際的協調によってその脅威が排除され、世界はより良い場所になったことを想起してほしい。
イスラエルは2005年にガザ地区から完全撤退しており、翌年に行われた選挙でハマスが政治的に台頭した(選挙はそれ以来実施されていない)。以来、我々はガザ地区の自律的発展を可能にするため、周辺諸国や国連機関等とも連携し、物資や経済支援を推進してきた。しかし、この20年ほどでハマス支配下のガザ地区に対して示された国際的な善意は、イスラエル領内の無辜の市民に対する、許しがたく忘れることのないテロ攻撃を代償として裏切られたと言わざるを得ない。ガザにせよ、イスラエルにせよ、人々はテロ組織の支配から解放されなければならず、我々は国家の義務として、個人の安全と社会の安定を守らなければならない。ハマスは学校や病院を武器庫化しテロ活動の拠点として、人々を「人間の盾」にしてきた。学校は人類全員のより良い未来への学びとひらめきの場であるべきであり、病院は治療の場であるべきだ。人命や社会的施設は決してテロ組織活動に乱用されるべきではなく、この悪意を絶対繰り返させてはならない。
結び
イスラエル国民か外国人かに関わらず、ハマスに捕らわれた全人質の解放はイスラエル政府の最優先事項である。我々は外交的にも軍事的にも全力を尽くし、幸いなことに一部は解放され始めた。イスラエルは地域の平和と安定を強く希求し、行動しているが、もし我々に挑戦しようという勢力が現れたならば、国際的な法的義務を当然勘案した上で、反撃することを保証する。ハマス然り、深刻な結果に至るであろうことは間違いない。イスラエルは、この戦争は普遍的な人道的価値に則った秩序回復のために必要な戦いであると決意し、軍事的に最も慎重なレベルで作戦計画を実行している。そのため、残念ながら早期の解決は期待できないが、イスラエルにとっても、日本や世界中の人々にとっても、歴史の中で正しい行動であると信じている。」
【略歴】
1967年生まれ、イスラエル出身の外交官。1994年ヘブライ大学卒、2020年テルアビブ大学修士課程修了。1994年にイスラエル外務省入省後、ブラジル、トルコ、ニューヨーク等で外交官としての実績を重ね、2017年にアジア太平洋担当次官補、2021年に駐日イスラエル大使。使用言語はヘブライ語、英語、ポルトガル語。 (文責 国基研)