国基研企画委員を務める近藤正規・国際基督教大学上級准教授は6月28日、国家基本問題研究所の企画委員会で、「インドの総選挙と3期目を迎えたモディ政権」と題し、最近のインド情勢を概観し、櫻井よしこ理事長をはじめ企画委員らと幅広く意見交換をした。
近藤上級准教授の発言内容は概略次のとおりです。ちなみに、関連する詳細な報告書をホームページに掲載しますので参考にしてください。
【概要】
〇インド総選挙の結果
今月4日に開票されたインド総選挙(下院選で定数は543議席)は、事前の予想に反して与党連合は辛勝という結果であった。政権を牽引してきたモディ首相の人民党(BJP)は前回2019年の303から240へと議席数を減らした。
しかし与党連合(国民民主同盟NDA)としては過半数の293議席を確保して政権を維持した。一方、国民会議派を中心とする野党連合(インド国家開発包括同盟INDIA)は234議席と勢力を伸ばした。その原因は、BJPのヒンドゥー至上主義(ヒンドゥー教徒のための寺院再建など)というスローガンが、経済格差に不満を持つ農村部や低カースト層に響かなかったためである。
〇連立政権
モディ政権は3期目を迎えたが、単独過半数を割ったため、10年ぶりの連立政権となった。協力したのは地方の有力政党で、テルグ・デサム党(TDP、アンドラ・プラデシュ州)とジャナタ・ダル党統一派(JDU、ビハール州)である。両党ともイスラム教徒と低カースト層が支持基盤で、モディ政権は両党の顔色を伺う政権運営となる。
閣内における大臣72名の陣容は大きくは変わらず、主要な閣僚は留任した。インドの株式市場は開票日の6月4日に大幅に下げたが、その後、史上最高値を更新するなど、経済面への影響は出なかった。ただし連立に協力する両党が希望した閣僚の席が与えられなかった不満が残り、今後の協力政党の動き次第で総選挙やり直しの可能性は残る。
〇内政と外交
連立政権となり、モディ首相の求心力がやや弱まることは否めない。内政面では、これまでの強権的手法にブレーキがかかるだろう。総選挙と州選挙の同時開催やイスラム教徒の特権をなくす民法改正などで、強行突破することは難しくなった。
他方、農業分野は今後注目される。その理由は、モディ政権が人気を落とした農業政策で、今後は農村開発を進める必要が生じたからである。
4か月後に行われるマハラシュトラ州とハリヤナ州の地方議会選挙も見逃せない。今回の総選挙ではいずれも与党が敗北している州で、日系企業の投資も多く、政府開発援助(ODA)案件の新幹線計画に影響が出る可能性がなくもない。
国防・外交面では、連立政権の影響をあまり受けないだろう。ジャイシャンカル外相もアジット・ドヴァル国家安全保障担当補佐官も留任している。つまり、「自由で開かれたインド太平洋」でのインドの役割は不変としても、同時にグローバルサウスを重視し、ロシアに対する中立的立ち位置も変わらないということだ。
北部中印国境で中国と軍事的に対峙している状況は政権にとって好ましくない。軍の能力には限度があるが、弱腰姿勢を示すことは政権の弱みとなる。したがって中国とは引き続き緊張を高めないことを望むと思われる。
〇今後の議会運営
これまで議会では、野党勢力の影響は小さかった。しかし今後は、野党を無視することはできず、議会運営上混乱することも予想される。ロシアのプーチンや中国の習近平もそうだが、長期政権になれば様々な弊害が生じる。モディ氏にとって今回の選挙結果は「良薬口に苦し」として、これまでの強権政治を考え直す機会を与えてくれたのかもしれない。
インド独立後の初代ネルー首相以来二人目の3期目に突入したモディ首相、その政治手腕に注目していきたい。
(文責 国基研)
【略歴】
1961年生まれ。スタンフォード大学博士(開発経済学)。アジア開発銀行、世界銀行等にて勤務の後、1998年より国際基督教大学助教授、2007年より現職。2006 年よりインド経済研究所客員主任研究員、日印協会理事を兼任、2011年よりハーバード大学客員研究員。財務省「インド研究会」座長、日印合同研究会委員、国基研では客員研究員を務める。専門は開発経済、インド経済。