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2024.11.14 (木) 印刷する

インドは途上国の反米化の阻止役 近藤正規(国際基督教大学上級准教授)

激変する国際社会において、インド外交に対する注目が高まっている。日米豪印4カ国の枠組み「クアッド」のメンバーであるインドは、一方でロシアの友好国であり、中国やロシアが主導する新興国グループBRICS、上海協力機構など、多数のミニラテラルの枠組みに参画している。新興・途上国「グローバル・サウス」のリーダーを自称するインドは2023年度の20カ国・地域(G20)議長国を務め、首脳会議で共同声明を出すことにも成功している。

インドは、多極化する世界における自らの外交を「戦略的自律性」と呼んでいる。1947年の独立以来、どのブロックにも属さない中立外交であることには変わりないものの、モディ政権では「非同盟」中立ではなく、パキスタン(とカナダ)以外の国々と良好な外交関係を構築することを目指している。中国との国境問題は依然として解決の見通しは厳しいが、10月のBRICS首脳会議では5年ぶりの印中首脳会談にこぎつけた。

「戦略的自律」が可能な理由

「戦略的自律性」と称してインドが全方位外交を進められる理由はいくつかある。第一にインドの経済力や国力が高まるにつれ、あらゆる主要国が寄ってくるようになったことだ。それでなくても、インドは核保有国で国防費も世界第4位の軍事大国である。特定のグループに参加しない方がむしろ得であるというのがインドの判断である。

第二に、中国が勢力を拡大し、米国との関係が悪化するのに伴い、米国が中立的な立場にあるインドに近寄らざるを得なくなったことも大きい。2023年6月にはモディ首相が米議会演説で大喝采を浴びた。米国はウクライナ問題をめぐるロシア支援や国内人権問題などに関するインド批判を封印し、対印外交戦略の大きな変化を印象付けた。9月にニューデリーで行われたG20サミットでロシア批判を避けた共同声明を出すことができたのも、議長国インドのメンツをつぶさないように、米国のバイデン政権が配慮した結果であった。

第三に、ロシアのウクライナ侵攻以降、新興国や途上国の国際的な重要性が増したこともインドにとって幸いであった。折しもG20議長国であったインドは、それまで外交の場で使われていなかった「グローバル・サウス」という言葉を持ち出して、急ごしらえながら自らがそのリーダーだという認識を西側諸国に植え付けた。このことは、米国のインド接近を加速させただけでなく、他の西側諸国にもインド重視の姿勢を強めさせた。

グローバル・サウス外交の課題

G20議長国としてインドは、ウクライナ戦争の早期終結から温暖化対策のための先進国からの金融支援受け入れに至るまで、グローバル・サウスの国々の声を代弁し、さらにはアフリカ連合のG20常任理事国入りも実現させた。

このようにグローバル・サウス外交を積極展開しているインドであるが、課題もある。第一に、グローバル・サウスの国々は多様性に富んでいて、まとまりを欠く。メンバー間の理念的収束と連帯を深めるべく、インドは「グローバル・サウスの声サミット」と題したサミットをオンラインで毎年開催しているが、その成果は心もとない。BRICSの経済統合も難しく、BRICS共通通貨構想も実現性に乏しく、2015年に設立された新開発銀行(NDB=通称BRICS銀行)も開店休業に近い状況である。

第二に、インドがグローバル・サウスのリーダーを自称することは、それをてこに先進国におけるインドの外交的重要性を高めることには貢献したが、実際は確固たる基盤がない。例えば、インドの「グローバル・サウスの声サミット」はオンライン会議であるのに首脳の参加が少なく、中国の「一帯一路」サミットとは全く比較にならない。

中国が「一帯一路」構想で経済的援助を行っているのと比べると、国際会議で途上国の意見を代弁しているだけに見えるインドの旗色がよくないのは致し方ないことであろう。それでなくてもグローバル・サウスの国々は、中印の双方から利益を得ようとしているのであって、どちらかをリーダーとして選ぼうとはしていない。

第三に、そもそもグローバル・サウスにはイスラム国家が多く含まれていて、ヒンドゥー至上主義のモディ政権の旗振りについてこない国が少なくない。ガザの紛争に関してモディ首相がイスラエル寄りの姿勢を取っていることも、問題を複雑にしている。

インドの周辺国を見ても、モルディブ、スリランカ、ネパール、バングラデシュと立て続けに親中政権が発足している。インドが周辺国を重視してこなかった間に、中国が勢力を拡大した形となっており、周辺国から慕われないインドがグローバル・サウスのリーダーになると言っても、いささか説得力に欠ける。

中露と異なるBRICSへのアプローチ

インドではG20議長国の任期が終了した現在でも、G20のロゴマーク入り立て看板が目立つ。インドがグローバル・サウスのリーダーであり続けることを主張したがっているかのように見える。そうした中で、G20とともにグローバル・サウスの国々の集まりとなりつつあるのが、BRICSである。

BRICSは10月22~24日、ロシア西部のカザンで第16回首脳会議を開催した。従来のブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカに加え、アラブ首長国連邦(UAE)、イラン、エチオピア、エジプトの4ヵ国が正式に加盟して、拡大体制となった。拡大BRICSとしては初めての今回の首脳会議には、パートナー国を含め36カ国が参加した。

インドのBRICSに対するアプローチは、いくつかの重要な点で中国やロシアと大きく違う。第一に、戦略的ビジョンが異なっている。インドはBRICSを主にグローバルな舞台で自国の発言力を高め、グローバル・サウスの利益を促進するためのプラットフォームと見なしている。それに対して中国とロシアは、BRICSを欧米の制度や米国の支配に対抗するプラットフォームとして考えている。

第二に、インドはBRICSの急速な拡大に慎重で、自国の影響力やグループの有効性が希薄化することを懸念している。それに対して、中国とロシアは、世界への影響力を高めるため、急速な拡大を好んでいる。BRICSに米国の敵国であるイランが新しく加わったことは、米国との関係からインドのBRICSにおける立場をこれまでより難しくしている。

第三に、インドはBRICSの中で自らをグローバル・サウスのリーダーと位置づけているのに対して、中国のアプローチは、米国に対抗して「グローバル」リーダーとなることへの野心に重きを置いているように見える。

日本では、インドの外交的な立ち位置が理解できない、あるいは八方美人のインドが信用できない国である、という見方も少なくない。しかし、米国がますます内向きになっていく中、BRICSを始めとするミニラテラルの枠組みがグローバル・サウスの国々の反米プラットフォーム化することの懸念は小さくない。これに対してブレーキをかけられる国は、インド以外には当面考えにくい。こうしたことを正しく理解した上で、日本としてもインドとの関係を深めていきたいものである。(了)