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2024.11.13 (水) 印刷する

トランプ政権復活を歓迎するインド 近藤正規(国際基督教大学上級准教授)

11月5日の米大統領選挙でトランプ候補がハリス候補に圧勝したのを受けて、インドのモディ首相は「両国国民の利益と世界の平和と安定のための『印米包括的グローバル戦略的パートナーシップ』の重要性を改めて認識し、技術、防衛、エネルギー、宇宙などの分野で二国間関係のさらなる強化に向けて再び一緒に緊密に取り組んでいくことを楽しみにしている」と祝辞を送った。

トランプ次期政権の主要人事がまだ発表されていない時点で今後の米印関係の動向を見極めることは難しいが、すでに強固なものとなっている関係が大きく変化することは考えにくい。少なくともモディ首相としては、トランプ氏の当選を好意的に見ているのではないかと筆者は考える。ハリス氏はこれまで、インドのカシミールの自治権はく奪などに関する人権問題などでリベラルな主張が多く、副大統領になる前に米議員使節団の一員として訪印した際、ジャイシャンカール外相はこの使節団との面会を拒んでいる。 

「独裁型でビジネス志向」が共通

もちろん、トランプ氏自身が最初からインドに関心があったとは思えない。大統領に就任して間もなく行われた米印首脳会談では、中国とインドの国境が接していることさえ満足に知らなくて、モディ首相が驚いたというエピソード(おそらく事実ではないであろうが)もあるほどである。しかし、中国の台頭という要因が大きかったとはいえ、少なくとも米印関係はトランプ大統領時代に、同じようにインドに関心がないだけでなく中国寄りであったオバマ政権時代よりも改善した。

独裁型でビジネス志向の二人には、ある種の相性の良さが感じられる。貿易ではなく投資における米印の関係強化を図ることは、インドにとって望むところであろう。トランプ次期政権による中国への制裁の強化は、「チャイナ・プラス・ワン」でインドへの多国籍企業の投資の増加にもつながる。

3期目に入ったモディ政権では、統一民法典を始めとする与党人民党(BJP)のヒンドゥー至上主義に基づく政策が期待されている。インドの民主主義規範や少数民族の権利などの問題に対する監視の緩和をモディ首相が望んでいるのは言うまでもない。

トランプ次期大統領が内向きの外交政策を持ち出すことで、日米豪印の安全保障枠組み「クアッド」の重要性が低くなるという懸念が日本では語られ、確かにその懸念はあるものの、そもそも米国の同盟国でないインドにとって、クアッドの意義は日本で考えられているほど大きくない。一方でインドが米国に望んでいるのは、先端技術を用いた武器の米国からの購入であり、すでにバイデン政権で一段と飛躍した防衛技術協力と武器取引は継続すると見られている。

インドの国際的地位向上の好機

インドがトランプ次期政権に期待するもう一つの重要課題は、ウクライナ戦争の早期終結や、ガザの紛争の解決とそれに伴う国際的なインフレの鎮静化で、これはインドが「グローバル・サウス」の意見を代弁していると自任している。

日本を始めとする西側陣営にとっては、ウクライナ戦争がロシアにとって有利な形で終わると台湾有事のリスクが高まる、という大きな問題がある。しかしインドにとっては、台湾有事は中印国境紛争とは別のものであり、さほど大きな問題ではない。さらに言えば、万一、台湾有事となった場合には、インドの国境付近に駐在する中国の兵力が減少することで、インドの国境問題での立場が有利になる可能性もある。

インドがグローバル・サウスの意見を代弁しているもう一つの重要案件は、地球温暖化への対処である。温暖化対策に熱心でないトランプ氏が大統領になることで、インドを始めとする途上国や新興国は、安価な化石燃料を使用することが容易になる。

グローバル・サウスのリーダーであると自ら考えるインドは、多極化する世界秩序の中で世界戦略と地位を向上させる機会を狙っているが、米国が「内向き」になることによってそれはより容易になるであろう。もちろん全てがいいわけではない。例えば、主要新興国の多国間組織BRICSに最近加盟したイランは原加盟国のインドと友好関係を築いており、中国がパキスタンに建設しているグワダール港に対抗して、インドはイランにチャバハール港を建設している。イランはインドにとって、原油の主要輸入先でもある。こうしたイランとインドの関係をトランプ大統領が容認しない可能性がある。とはいえ概ね、米国が内向きになることで、インドはグローバル・サウスのリーダーとしての立ち位置を強化していくことができやすくなろう。

保護主義に懸念も

潜在的なメリットにもかかわらず、いくつかの懸念事項もある。その最大のものは言うまでもなく、予想される米国の保護主義の影響である。

第一に、高度人材を対象としたH-1Bビザ規制が強化される恐れがあり、これはインドの技術労働者に影響を与える。前回のトランプ政権でも、米国でインド企業がインド人エンジニアに支払う最低賃金の引き上げなどを含むビザの発給要件が厳格化したことにより、インドIT企業に少なからぬ影響が生じた。インドIT企業にとっては、トランプ氏よりハリス氏の方が遥かに望ましかった。

 第二に、米国企業の対インド投資拡大と輸入関税の引き下げを求める圧力が強まることへの懸念が大きい。インドの輸出は国内総生産(GDP)の約4%を占め、米国はインドの最大輸出先である。インドにとって大幅な輸入超過である中印貿易と、大幅な輸出超過である米印貿易は、金額的にはほぼ同じ規模である。インドから米国への輸出の上位品目は、ダイヤモンド、医療機器、宝飾品、コメ・農作物、繊維・アパレルの順になっている。

インドを「タリフ・キング(関税王)」と呼んだトランプ氏の第1期政権の時に開始された米印貿易交渉はその後頓挫し、バイデン政権の時代には進捗が見られなかった。しかしバイデン政権になって、米アップルのスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」のインドでの生産は拡大し、インドは一大輸出拠点となっている。米国の半導体企業マイクロンもインドへの巨大投資を進めている。米国の対中貿易規制がインドにどのような影響を及ぼすかも、外交・国防政策への影響とともに注目される。(了)