国家基本問題研究所(国基研)の事務所を入ると、すぐ横に本棚が並ぶ。収められているのは昨年1月に亡くなった田久保忠衛名誉顧問の蔵書だ。千葉県船橋市の自宅などにあったもので、横を通ると田久保先生の「世界」に入った気になる。蔵書だけでなく、いまでも国基研には田久保先生の教えが根付いている。
シンクタンクとして憲法改正をはじめ政策を提言し、その実現を図ろうという趣旨に沿って議論を続けているが、田久保先生がジャーナリスト時代に強調されていた「速報」が生かされたのが5月23日の日米首脳による電話会談だった。
田久保先生は時事通信勤務時代を振り返り、しばしば「通信社は速報が生命線だ」と強調していた。いまでは新聞社もインターネット時代で速報に力を入れているが、シンクタンクにまでその波が来るとは思わなかった。
「話題はUSスチール」と速報
発端は23日午後の細川昌彦企画委員からのSMS(ショートメッセージ)だった。この日、石破茂首相はトランプ米大統領と約45分間電話会談をした。
「トランプ氏から電話してきた。しかも首脳間でしか話せない内容というのがポイント。表向きの説明にはない部分があるはずだ」
電話会談終了後、石破首相は記者団に対し、トランプ大統領とは「関税を巡る日米協議、経済安全保障に係る協力など諸課題について、幅広く意見交換を行った」と説明した。トランプ大統領からは中東訪問の成果について説明があり、石破首相からは関税問題に関する我が国の立場を伝えた。さらに6月のカナダでの先進7カ国(G7)首脳会談の機会を利用して、日米首脳会談を行うことを確認した。
記者団からの質問は4問とも関税協議に関するものだった。細川氏は「こんなことだけで先方から電話してくるのは不自然。自動車問題ではないようなので、残るは一つ。日本製鉄によるUSスチール買収問題でしょう」と結論づけた。
細川氏の分析を受けて、櫻井よしこ理事長は23日夕、自身が主宰するネット番組「言論テレビ」のニュース解説で、「独自」ネタとして首脳会談ではUSスチール問題を話し合ったと報じた。
「トランプ大統領が自分の友達とも思ってもいない石破さんに(何の用事もないのに)自分から電話をかけてくるはずがない。そこには大きな目的があったのであって、その目的とは日本製鉄がUSスチールを買収できるかどうか(を伝えることにあった)」
企画委員から相次ぎ情報
大手メディアがトランプ氏によるUSスチール「買収支持」を伝えたのは24日になってからだった。トランプ大統領が両者の「partnership(提携)」を支持する考えを明らかにしたからだ。
櫻井氏は番組の中でトランプ大統領が買収を支持したとは言わなかった。これは加藤康子企画委員が得た情報を踏まえてのものだ。日本製鉄側には「提携」は認めるものの、日本製鉄が目指すUSスチールの完全子会社化を大統領が認めたとの情報は入っていなかったからだ。
トランプ大統領がわざわざ電話してきたからには買収を認めたのだろうと思いたくなるところだが、加藤氏の情報もあり櫻井理事長の報道は抑制が効いたものとなった。自分自身の経験で言うと、これは簡単なようで難しいものだ。
これも田久保先生の教えだが、「メディアはバランスを取って正確に報道をしなければいけない」。そして「醒めた目で事の本質を衝く」ことこそジャーナリズムの本領とも言えるのである。
多士済々
国基研の企画委員は、経済問題では本田悦朗元スイス大使、田村秀男産経新聞特別記者、安全保障問題では太田文雄元防衛庁情報本部長、織田邦男元空将、岩田清文元陸幕長、朝鮮半島問題では西岡力麗澤大学特任教授、荒木信子氏、エネルギー問題では奈良林直東京科学大学特定教授と多士済々である。外国人労働者やエネルギー問題などの提言や、国基研の社説ともいえる「今週の直言」はもちろんのこと、タイムリーな発信にも力を入れていくので、国基研からの発信に注目していただきたい。(了)