公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2025.05.26 (月) 印刷する

トランプ関税に動じないスイス 奈良林 直(東京科学大学特定教授)

5月11日から18日まで、日本核シェルター協会のスイス視察団に参加し、同国の核シェルター、試験研究施設、企業を見て回った。平和な生活を送っていたウクライナでは、民間のアパートや病院など非軍事施設が連日のようにロシア軍の攻撃にさらされている。これを目の当たりにしたスイスは、核シェルターの改修工事に加え、人口増を予想して200万人分の新規シェルターを建設する。

核シェルター以外にも永世中立国スイスに学ぶべきことは多い。それからまず報告する。

オンリーワン技術を育成

スイスは、人口1人当たりの国内総生産(GDP)で世界2位を維持している。この経済力の秘訣を今回の視察で知った。高くても皆が買いたくなる高級腕時計に代表されるオンリーワン技術を持っている。オメガなど高級腕時計メーカーに加えて、世界一の製薬会社のロシュ、送電網機器に強いABB社など技術力のある企業がたくさん存在する。「トランプ関税」をかけられても、米国での売り上げは落ちないとの強気の読みがある。例えば高級腕時計は、価格が高くなるほど価値が出て売れるのだ。

2008年のリーマン・ショック(世界金融危機)後にスイスは高級品とオンリーワン技術の育成に注力した。対照的に、中国に工場を移して製品価格を下げた日本は、経済成長が止まったままだ。スイスの1人当たりの給与は日本の3倍に達する。給料が上がれば購買力が付く。税収も増える。恵まれた自然環境の中で子育てがしやすいので、人口も増えている。これがスイスを訪問して一番勉強になったことだ。

日本にも誇るべき技術力と農水産物がある

一方、日本にも世界上位のシェアを持つ企業がたくさんある。米誌は日本の技術力を世界6位と評価する。スバルは自社の水平対向エンジンにトランプ関税をかけられても影響は少ないと強気だ。マツダの水素ロータリーエンジンや、世界一の販売力を誇るトヨタのハイブリッド車も強い。日本製鉄の特殊鋼板技術は世界一の品質とシェアを持ち、利益率が高い。ついにトランプ米大統領は日鉄のUSスチール買収を容認する可能性が出てきた。

日本のおいしいコメも世界一だ。減反政策を完全に廃止して、量産して世界中に販売すればよい。今回は小泉進次郎農林水産相の辣腕にも期待したい。日本のおいしいホタテは、トリチウム希釈処理水の影響が全くない北海道産まで、2年前の中国の輸入禁止措置でいじめられた。この2年間で、日本の水産加工業者はホタテの殻取り工場を中国からベトナムなどの他国に移した。これにより、トランプ氏が中国産品に超高関税をかけても、ホタテは直接的な影響を回避できる。日本の産業政策も、中国に負けるような「薄利多売」の政策を見直すべきだ。

地下収納庫・駐車場が核シェルターに

スイスは冷戦時代から国軍と市民防衛隊により国の独立と国民の命を守っている。徴兵制度があるが、市民防衛隊を希望すれば兵役は免除される。全人口の107%を収容できるシェルターを設置している。人口の80%が平野部に住んでおり、五つの原子力発電所を中心とする半径50キロ圏内に国民の75%が入るため、万一の原発事故の際の避難施設も兼ねている。

一戸建ての家では、台所の床のスライドドアを開けると階段があり、ワインセラーになっていてチーズや水も保管されている。一番多いのが、10世帯ほどの集合住宅の真ん中に地下駐車場があり、駐車場の奥がコンクリート壁で守られた核シェルターになっているものだ。

翻って我が国の核シェルターの普及率はゼロに等しく、先進国の中で最低である。政府は小学校の体育館や地下駐車場、地下鉄の駅などを有事の際の避難施設に指定しているが、核シェルターとしての設備は置かれていない。三つの核兵器保有国に囲まれている唯一の被爆国が無防備に近い。スイスに学ぶべきだ。(了)