ヘグセス米国防長官が5月31日のアジア安全保障会議(シャングリラ対話、シンガポール)での演説で、台湾防衛について一歩踏み込んだ発言をした。対中抑止が効かず、中国が台湾に武力行使をした場合に、米軍は「戦い、決定的勝利を収める」と明言したのだ。「最高司令官(トランプ大統領のこと)の命令があれば」という条件付きだが、対中抑止が破られたときに米軍は「戦う」とトランプ政権高官が公言したのは初めてである。
「抑止が失敗すれば戦い、勝つ」
トランプ政権はこれまで、中国が台湾を武力攻撃した場合に、米軍が台湾を防衛するかどうかを明確にしない米国の伝統的な「あいまい政策」を踏襲してきた。トランプ大統領自身、政権復帰前から、態度を明確にすると「交渉する立場が非常に悪くなる」(2023年7月フォックス・ニュースとのインタビュー)との理由で、明言を避けてきた。
トランプ政権で国防政策立案の中心を担うコルビー国防次官も微妙な言い方をしてきた。今年3月の上院の指名承認公聴会では、「台湾を失うことは米国の利益にとって大惨事だ」と述べ、「米軍が台湾を効果的かつ合理的に防衛できるようにすることは非常に重要だ」と証言した。しかし、台湾は米国にとって「非常に重要」ではあるが、「(米国の)存在に関わる利益ではない」とも主張し、「米国の核心的利益は(台湾の存続よりも)中国の地域覇権の阻止にある」との持論を展開した。
さらに、「台湾のために米国が介入するのを可能にするには(台湾自身の劇的な防衛力増強が)不可欠だ」と事前提出書面で指摘し、実際の証言ではトランプ大統領が台湾に域内総生産(GDP)比10%前後の防衛費支出を要求していることを支持すると語った。両方を合わせると、台湾がGDP比10%という無理難題をのまなければ、有事の際に米軍は来援しないとの脅しと受け取れなくもない。
ヘグセス長官のシャングリラ演説も同盟・パートナー国に防衛力増強を求めているが、それを軍事介入の条件にしていない。台湾防衛に関する発言は「もし抑止が失敗し、最高司令官に命令されるなら、われわれは国防総省が最も得意とすること、すなわち戦い、そして決定的な勝利を収めることを実行する準備ができている」というものであり、極めて直接的だった。
中国優先派と孤立主義派
トランプ時代の米共和党には三つの外交・安全保障専門家集団が存在し、影響力を競っているとしばしば言われる。第一は「プライマシスト」(卓越主義者)で、米国は世界で卓越した立場にあり、国際的に指導力を発揮すべきだと考えるレーガン元大統領に近い国際主義者のグループ。第二は「プライオリタイザー」(優先主義者)と呼ばれ、米国の力には限界があるので、欧州や中東への関与を減らし、中国と対峙するアジアを優先すべきだと主張するグループ。第三は「リストレイナー」(抑制主義者)で、米国は遠い外国への関与を抑制し、西半球(南北アメリカ大陸)に閉じこもるべきだと考える孤立主義的なグループである。いわゆる対中タカ派は第一グループと第二グループにまたがる。
5月初めにトランプ大統領によって解任されたウォルツ前大統領補佐官(国家安全保障担当)は第一のグループに属し、ウクライナ停戦に応じないロシアへの制裁強化に賛成し、イラン核施設への爆撃も辞さないとするイスラエルのネタニヤフ首相に同調して、トランプ大統領との距離が生じたと報じられた。ルビオ国務長官も本来は第一グループに属するが、政権入りで第二グループに宗旨替えしたようだ。
ヘグセス国防長官は中国に焦点を絞る第二グループに明確に分類される。コルビー国防次官も同様だ。「モンロー主義2.0」とも言える第三グループの代表はギャバード情報長官やバンス副大統領とされる。バンス副大統領はトランプ大統領が領有意欲を示すデンマーク自治領グリーンランド(地理的には北米の一部)を3月に視察し、地元のひんしゅくを買った。
トランプ政権の復活で影響力をほぼ失った伝統的国際派の第一グループは今や政権内で絶滅危惧種となり、今後は第二と第三のグループが中国政策で大統領への影響力を競うのだろう。トランプ大統領の対中強硬姿勢は貿易・経済分野が中心で、安全保障分野が「取引」の対象にならないか不安が残る。また、ヘグセス長官によれば、米国が中国の台湾侵攻と戦うかは大統領の命令次第となる。大統領が第三グループと親和性が高いのは気掛かりな点である。
浮上した日米豪比の枠組み
シャングリラ対話を機に、中国を共通の主要な脅威とする日本、米国、オーストラリア、フィリピンの4カ国防衛相会合がシンガポールで開かれた。日米豪比4カ国をめぐっては、バイデン前米政権で国防次官補(インド太平洋安全保障問題担当)を務めたラトナー氏が5月27日付のフォーリン・アフェアーズ誌電子版で、この4カ国による「太平洋防衛条約」の締結を提唱して注目された。
日本にとって、相互防衛義務を伴う集団防衛条約への加入は、憲法改正なくして不可能で、今の国内政治状況ではハードルが高い。しかし、米国で孤立主義的なグループが影響力を増している現状において、米国をアジアにつなぎ留める意味は大きく、注意を払うべき提案であろう。(了)