前米国務省日本部長のケビン・メア氏は9月30日、国家基本問題研究所で沖縄基地問題や日本の安全保障と政治家に対する評価など日米関係全般について語り、同研究所の企画委員と意見交換した。同氏は「沖縄はゆすりの名人発言」報道で解任され、今年4月国務省を退職、自著の「決断できない日本」の発売に合わせて訪日した。同氏の発言要旨は次の通り。
日本に対し一番不満なこと
対日外交に関わって30年。その間、福岡や沖縄でもそれぞれ3年勤務したが、いつも驚くのは、国会議員も地方議員も、教育のある日本人も、安全保障についてあまり知識がない、むしろそれをいいことだ、とさえ思っている人が意外と多い。安全保障は何か、と聞くと、基地があること、犯罪が多い、飛行機がうるさい、なぜ日本が多額の駐留経費を払っているのか、という批判ばかりする。何故か、というと、自民党政権の時代に、国民に対し安全保障のことをほとんど説明してこなかったからである。
駐日米大使館の安全保障部で働いていた89年から92年の間、米軍の訓練などについてよく外務省と事前調整した。いろんな説明をしたが、国会などで社会党から質問がくると答えは決まって同じー「それは米軍の運用上のことであり、我々外務省は知る立場にありません」。十分説明したのになぜ答えないのか、と質すと、「説明すると、また質問がくる。どうせ社会党を説得することは出来ないから、説明する意味が無い」と理由を述べる。
政治家も同じである。基地の一番の問題は、騒音を伴う訓練である。しかし、訓練の必要性について野党に説明すると、訓練をやること自体が日本政府の責任になるため、米軍が全てやっていることとしてアメリカの責任に転嫁する。これが外交官時代、一番不満に思ったことである。
私が日本で直接仕えたジョン・シーファー大使(2005-2009年)は、アメリカのやっていることだから日本政府は分からない、責任はとれない、という日本側のやり方が長く続くと「日米安全保障体制の基盤が弱体化する。何故なら国民が理解していないからである」と強く懸念していた。
安全保障に疎い民主党
そのうえ、民主党議員には安全保障に知識が無い人が多い。それなのに民主党政権は、政治主導だといって、官僚の話を聞かない。だから官僚の持つ知識や経験、組織的情報が伝わらない。だから私が国務省の日本部長をしていた時には、日米安保のことはマスコミに説明しないと民主党政治家の耳に入らない、と内部の人たちに強調した。具合の悪いことに、新たに誕生したオバマ米政権もマスコミ恐怖症なのか、マスコミとの接触を差し控えるように求める指示を出したのは残念である。
鳩山政権が誕生、日本、中国、アメリカの正三角形関係を提唱した際、国務省が心配したのは、日本政府が中国に騙されているのではないかということである。私が注意を喚起をしたのは、中国の目から見た“日本との良い関係”とは何かということ。日本との良い関係は、日本が中国の覇権を認めて初めて成り立つもの。それを認識しないと中国の術中に陥ってしまう。
鳩山元首相は、普天間基地移設問題をこじらせてしまった張本人だが、海兵隊が沖縄に前線配備されている意味を分かっていなかった。沖縄の海兵隊は東アジア、西太平洋にいる米軍の中で唯一機動力のある部隊である。何かあったらすぐに動ける態勢にあるので、人数が少なくとも抑止力となる。アメリカの日本防衛に対するコミットメントの象徴的存在である。96年だったか、鳩山氏は有事駐留の話をしていたが、米軍を番犬視する大変失礼な話であった。
認識しなければならない中国の脅威
中国の脅威は本当に皆が認識しなければいけない問題だ。中国は遠洋航海能力の拡充など軍事力を急激に増強している。昨年は尖閣事件も起きたが、中国は第一列島戦略の中で沖縄も狙っている。中国の軍事力強化の狙いは、まず日本を威嚇することにある。そして東アジアの主導権を握ることにある。国連海洋法など長年にわたって作られてきた海のルールを、自国に有利になるように力をもって変えようとしているのが中国である。
オバマ政権が台湾への新型F16戦闘機売却を見送ったのは、個人的に大間違いだと思う。アメリカが中国を刺激しないよう配慮した、と映ること自体が問題だ。中国が米国に圧力をかければ米政策を変えさせることもできる、と思うからだ。台湾のことを他人事と思っていてはいけない。
中国は沖縄でたくさん土地を買いあさっており、総領事館まで作るという話もあった。あまり中国人が住んでいないのに総領事館を作るというのは変な話であり、米軍基地を見張るためであろう。
日本政府には、尖閣諸島に駐屯地を作るなど考えられないだろう。中国を怒らせる、と恐れているからだ。しかし、現実の問題を対処するのに、誰も挑発しないことを優先させるなら何もできない。中国の動向を考えると、私は南西諸島に駐屯地を作るべきだと考える。
私が今、一番懸念しているのは、この強まる中国の脅威にいかに対処するかということ。これは、日本独自でも、アメリカ独自でも対応できない。インド、オーストラリア、韓国を含め、一緒に対応することが必要だ。その際、心しなければならないのは、短期的に摩擦を避けるために中国の脅威に目をつぶってはいけない。そんなことをすると、逆に長期的な摩擦が生じる。中国が何をやってもよい、と判断してしまうからだ。
国益を考えない政治家―沖縄問題
沖縄の基地には民間人の土地所有者が多い。地代は日本政府が払っている。だから借地権更新交渉の時期になると、反基地闘争が活発になる。地代の値上げが狙いである。もちろんイデオロギー的に、真に基地反対を唱える人々もいる。だが、そういう人の方が数は少ない。アメリカ側が不必要になった土地を返還しようというと、「いや、必要ない。今、返還されると地代がもらえなくなるから困ります」と言う。
軍用地の借地権は株のように売買されており、「売ります。買います」の看板さえある。日本政府が地代を払うので、軍用地借地権は安定収入源で、一般の土地より価値がある。本土から投資している人も多いという。だから、返還を求める人々と、軍用地使用をのぞむグループが対立する構図がある。
こうした背景の中で、基地負担の軽減と抑止力の維持という難しい問題の解決を迫られる。日本政府も、国会議員、地元の政治家も、負担軽減の話はするが、抑止力の維持については説明しない。気にするのは選挙のこと、世論調査のことばかり。国のために何が必要かがなおざりにされる。
普天間基地の移設問題は、辺野古への移設か、今のままで普天間に固定化するかのどちらかだ。それ以外の選択肢はないと思っている。ワシントンには普天間固定化の場合、長期的に支障なく使用できるのか、疑問視する人がいるが、きちんとした対応をしていけば大丈夫だろう。
日韓は、朝鮮半島有事に備え話し合いを
朝鮮半島有事の場合の基本的な問題は、自衛隊が朝鮮半島まで行けるかどうかということだ。日本と韓国は早くこの問題を調整すべきである。韓国の軍人には何度も説明したことなのだが、日本が協力しないと、米軍は朝鮮半島で何も出来ない。具体的には福岡から釜山まで人とモノを運ぶ際、恐らく米軍は日本の海上自衛隊の護衛艦を頼ることになろう。その日本の護衛艦が釜山港に入港できるのかどうか。韓国との間で予め障害を除去、日、米、韓の三国共同軍事演習もしておく必要がある。
また、在日米軍基地を使えるようにもしておかなければならない。病院などの施設も必要だ。日本の協力なしに米軍は朝鮮半島で戦うことができない。韓国は日本と共通の価値観を有し、防衛面で共通の利害がある。日本との歴史問題を乗り越えていかなければならない。
実は何年か前から、在韓米軍の司令官と在韓米大使館、韓国軍の幹部を年、四回くらい、日本に連れてきている。そして、キャンプ座間や普天間などの基地を回り、ブリーフィングしている。このプログラムを実施しているのは、日韓の協力が何よりも必要である、とアメリカ側が認識しているためである。
原発事故、責任逃れの菅政権
福島第一原発事故発生後、一週間ぐらい、当時の菅首相は、これは東京電力の問題で政府の問題ではない、と言っていた。米側のタスクフォースの調整役として日本の民主党政権の対応に接してみて強く感じたのは、日本の政府は一貫して責任をとりたがらなかった。事故はもちろん東電の責任もあるが、国の問題である。一企業や一電力会社が対応できる問題でないことは明白ではないか。一週間ぐらい何も動いていなかった、とさえ言える。
このためアメリカ側が自国民を全員避難させる準備を始めて、やっと菅政権も動き出した。残念ながら、ここでも外圧がないと、動かなかった。私が菅首相に直接話した時は、「あなたは首相で、国の代表だから責任を逃れることは出来ない。その責任を背負いたくないなら辞めるべきだ」とさえ言うことになった。
しかし、今また東電まかせになっているようだ。福島第一原発をどのように処理するかは、戦略的な問題だ。菅首相はやめる前に「脱原発」と簡単に言ってのけたが、再生可能なエネルギーへの転換は「言うは易し、行うは難し」だ。現実的な諸条件を考えると、原発を捨てるわけにはいかないだろう。ただ、原子力への信頼性がなくなる、という問題が起きてしまった。それを取り返すには、本当に独立性のある原子力規制機関が必要である。規制機関を環境省に置くということだけでは十分ではない、と思う。
(文責 国基研)
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