公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2014.06.25 (水) 印刷する

まず「河野記者説明」の無力化を 島田洋一(福井県立大学教授)

 2014年6月20日、日本政府は報告書「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯」を公表した。その冒頭に、あくまで「河野談話作成過程における韓国とのやりとりを中心に…実態の把握」に努めたもので、「慰安婦問題の歴史的事実そのものを把握するための調査・検討は行っていない」とあるように、河野談話そのものの欠陥や欺瞞に踏み込んだ内容ではない。本来、日本政府が明確にすべきは次の2点である。一つは、日本軍は慰安婦の強制連行など行っていないということ、もう一つは、慰安所は娼館であり、そこで働く娼婦を「性奴隷」と呼ぶのは不適当だということ。ところが、今回の報告書はそのいずれにも踏み込んでいない。どころか、そうした真に必要な検証を封印し、河野談話の固定化につなげようとの意図が多分に窺える。
「日本が韓国と談話を外交交渉で発表したわけだから、相手がいるので一方的に見直すことはできない」という菅官房長官の発言には、首相官邸が外務省に引きずられつつあるのではとの危惧を覚える。
 もっとも、報告書は、河野洋平官房長官(当時)が、談話発表の際の記者会見で、強制連行の事実ありとの認識なのかと問われて、「そういう事実があったと。結構です」と答えたのは逸脱だったとも読める内容になっている。「河野記者説明」は「河野談話」を越えて、さらに韓国側や左翼勢力に迎合したものであった。
 韓国の大手紙『朝鮮日報』は、社説「河野談話検証は韓日関係の破たんが狙いなのか」(2014年6月21日)で、「報告書は21年前の河野談話に大きな傷をつけるものだった。旧日本軍による慰安婦の強制動員があったかどうかについて、日本政府は1993年の談話発表直後、当時の河野官房長官が会見で『そのような事実があったと考えてもよい』と述べた。ところが今回の報告書は、この発言を『河野氏が任意に行ったもの』と主張している。その理由は『強制性はあったが強制動員はなかった』とする日本政府の立場と反しているからだが、要するに当時の官房長官の会見内容を今になって否定しているわけだ」と批判しているが、実際その方向に日本政府は踏み出すべきだ。この点、報告書発表の翌日に講演した河野氏が、「私は夕べ、検証報告書を読みました。足すべきことはない。引くべきこともない。すべて正しい」と述べたのは、氏を「良心的日本人」、同志と見ていた韓国政府にとって驚きだったであろう。韓国側としては、河野氏にノーコメントないし、安倍政権の「右翼的意図」を批判するようなコメントを期待していたはずだ。
 この河野氏の「失言」(韓国や日本の左翼勢力から見て)は、今後、国際情報戦において活用すべきだろう。
 憲法改正の前に、緊急措置として集団的自衛権に関する憲法解釈の正常化が必要なのと同様、慰安婦問題に関する包括的な新談話の前に、まずは、河野談話(Kohno Statement)をさらに歪めた「河野記者説明」(Kohno Press Briefing)の無力化に力を注がねばならない。