国基研の今週の直言「第296回・特別版 自衛隊は歴史情報戦を戦えるのか」(2015.04.24)において、日本政府がNATOに派遣している栗田千寿二等陸佐、および彼女のエッセイを掲載した自衛隊関係者の機関誌『隊友』編集部の慰安婦問題認識について疑問を呈しておいた。
要点のみ繰り返せば、栗田氏は、1996年に事実誤認と日本に対する不当な非難に満ちた国連報告書をまとめたクマラスワミ氏との面談を「光栄」と表現し、「とても穏やかで徳が感じられる方でした」と記している。そこには国際情報戦の第一線に立つ者に当然あるべき国益意識と緊張感が感じられない。
直言特別版ではスペースの関係で割愛したが、『隊友』と並び、栗田氏のほぼ同文を今なおホームページに掲載している(5月12日現在)在ベルギー日本大使館の姿勢も大いに問題である。
安倍政権は、作年10月、外務省の女性人権人道担当大使をクマラスワミ氏に面会させ、謝った記述の訂正を申し入れている(同氏は拒否)。
またクマラスワミ報告がまとめられた当時、外務省は、「日本政府は彼女の法的議論の主要部分について重大な留保を付ける」(The Government of Japan has serious reservation on major parts of her legal arguments.)とする意見書を国連人権理事会に提出している(1996年3月27日付)。「法的議論」しか問題にせず、事実関係に踏み込んでいないのは重大な失態だが、一旦国連関係者に配付して回収した、より長文の「幻の反論書」では、「十分な事実確認を行うことなく極めて限定された資料に依拠して書かれているといわざるを得ない。さらに、いわゆる従軍慰安婦の実態は、地域、時代によっても様々であり、年月の経過による事実認識の困難さもあるにもかかわらず、クマラワスミ特別報告者はこれら限られた情報をすべて一面的に一般化するという誤りを犯している。その一方で、特別報告者は、その予断するところにそぐわない客観的資料(米国陸軍による慰安婦の尋問結果)は無視している」等々、ある程度事実関係にも踏み込んだ反論をしていた。
以上の、クマラスワミ報告に対する日本政府(外務省)の、現在および過去の対応に照らし、外務省の一部門である在ベルギー日本大使館が、何の留保もなく同氏に畏敬の念を表す文章を対外発信していることは不見識と言わざるを得ない。同館の広報責任者はじめ関係職員にも緊張感が欠けているのではないか。以下、在ベルギー日本大使館のホームページから、問題の文章を引いておく。
Chizuの部屋 第3回 NATOへの来訪者
NATO事務総長特別代表(女性、平和、安全保障担当)補佐官 栗田千寿
2015年3月12日……さて今回は、NATO事務総長特別代表(女性、平和、安全保障担当)オフィスへの来訪者についてご紹介します。1月のことになりますが、当オフィスにとっては貴重な方々がNATO本部を訪問されました。
まずは、ラディカ・クマラスワミ氏。彼女は、1996年に女性に対する暴力とその原因及び結果に関する国連の報告書(「クマラスワミ報告」)を担任したことで有名です。その後は、国連事務次長や国連事務総長特別代表(子どもと武力紛争担当)等を務めた人物です。
今年2015年は、国連安保理決議1325号「女性、平和、安全保障」(2000年)から15周年の節目に当たり、国連は1325号の履行状況に係る総括報告を予定しています。彼女は、この報告の筆頭著者(Lead author)として今年秋の国連での発表に備え、成果収集等のため関係機関を訪問しているのです。NATO本部にはこのたび1月に訪問し、アフガニスタンのジェンダーアドバイザー等を経験した軍人等との懇談に加え、NATO加盟各国やパートナー国等からの参加を得て、1325号の履行状況等について意見交換をしました。私は、光栄なことにNATO特別代表とともにクマラスワミ氏と昼食に同席する機会を頂きました。
スタッフレベルの私にとって昼食への参加は特例だったので、恐縮しつつではありましたが、もてなしの気持ちだけでもお伝えしたいとテーブルに星や季節の花の折り紙を置いたところ、ちゃんと日本の物だと気づいて下さいました。そして、「自分もアジア出身(スリランカ出身)だから、NATOで日本人が勤務していることに親近感を持った。日本にはジェンダー分野で将来アジアを引っ張る立場を期待している」との言葉を頂きました。女性の処遇には依然厳しい環境の南アジア出身で、またアフリカを始め紛争影響国の現場を数多く見てきたはずの彼女は、とても穏やかで徳が感じられる方でした。……
在ベルギー日本大使館のホームページより
http://www.be.emb-japan.go.jp/japanese/archives_j/chizu_003.html