公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2015.11.02 (月) 印刷する

黒人「射殺」報道と慰安婦誤報 島田洋一(福井県立大学教授)

 下記は、月刊正論2015年11月号に寄せた一文で、連載「アメリカの深層」の三回目である。
 この事件は、日本のメディアで非常に類型的かつファクトに基づかない形で報じられてきた。アメリカの主流メディア(mainstream media, MSM)についても同様である。
 ニューヨーク・タイムズに代表される米主流メディアは、さすがにリベラル派にとって「不都合なファクト」にも多少言及するものの、扱いを意識的に抑え、全体として、単純な先入見に迎合するような紙面作り、画面作りを行っている。
 中国共産党の宣伝戦に乗じられないよう、本来アメリカ政府が明確にファクトを発信すべきだが、オバマ政権は逆に、政治的思惑から、歪みを増幅させる行動に終始してきた。
 ここには日本の慰安婦問題と似た構図が見られる。
 慰安婦問題についても、筆者のアメリカに関すると同様の試みを、アメリカの研究者が行ってくれるよう望みたいところだ。

《■丸腰の黒人少年を白人警官が射殺?
 8月13日、米中人権対話のさなかに記者会見したトム・マリノウスキ国務次官補は、中国側が米側の人権問題として人種差別を取り上げ、「我々は皆ファーガソン事件をテレビで見た」と指摘したと語った。同次官補は、「アメリカでは誰でも自由に取材できる。しかしチベットや新疆で暴力事件が起こっても海外メディアは取材を許されない。米政府はまた、被害者の弁護士や現場を撮影した人々を逮捕したりはしない」と切り返したという。気の利いた反論である。ただ、ファクトにしっかり踏み込んだものとは言えない。
 2014年8月、ミズーリ州ファーガソンで起こった事件を、日本のメディアは、アメリカの主流メディアにならい、通常、「丸腰の黒人少年が白人警官に射殺された」と表現する。
 警官が不起訴となった直後に大規模な抗議デモが発生、一部が暴徒化して略奪、焼き討ちに発展した。Hands Up!Don’t Shoot(手を挙げた!撃つな)、Black Lives Matter(黒人の命は大事だ)が、以後、運動の標語となり、同名の政治団体も生まれた。
 が、ファクトはどうだったか。「丸腰の黒人少年」とされるマイケル・ブラウンは身長193センチ、体重133キロの18才で、警官と遭遇する前、コンビニ強盗をしていた。公開された監視ビデオ映像を見ると、店員を突き飛ばし悠々と歩み去っている。両手を挙げたのに警官が発砲したという通行人の証言(後に、この「通行人」はコンビニ強盗の共犯と分かる)に反して、ブラウンは警官を襲い銃を奪おうとしたという、別の目撃証言(複数)も現れた。
 抗議デモの高まりを受けて州当局が事件を再検証、さらにエリック・ホルダー司法長官(黒人)の主導で連邦司法省による再々検証も行われたが、いずれも、警官は不起訴相当、人種差別の要素も認められずとの結論に達している。にも拘わらず、「手を挙げた!撃つな」とプリントされたTシャツを人気プロ・バスケット選手や歌手・俳優が着るなど、「無抵抗の黒人少年を白人警官が射殺しながら無罪放免」という神話が米国内のみならず国際的にも広まっていく。
 ウォール・ストリート・ジャーナル記者のジェイソン・ライリー(黒人)は、「黒人の命にとって、現実には、マイケル・ブラウンのような男の方が警察より遙かに大きな脅威なのだ」と疑問を呈する(2015年9月8日付)。事実、アメリカの殺人事件は、低所得層居住地区において黒人が黒人を殺害というケースが最も多い。
 同記者は、「警察が萎縮することで最も危険に晒されるのは黒人だ」というある知事の言葉を引きつつ、警察バッシングが続いたファーガソンなどいくつかの地域で、凶悪犯罪の検挙件数が顕著に減る一方、発生件数が顕著に増えている事実に触れる。警察が「おとなしく」なった分、犯罪者が大胆になったと見る他ないだろう。
 「正義なければ平和なし」(No Justice, No Peace)を掲げ、白人警官糾弾運動の先頭に立ったアル・シャ-プトン師を、主流メディアは「黒人指導者」と描くが、保守派は典型的なデマゴーグと捉える。トークラジオ・ホストのケビン・ジャクソン(黒人)は、シャープトンらを「人種ゴロ」(race pimp)と呼んだ上、彼らの煽動のせいで強盗、焼き討ちに遭い、営々と築いた資産や職場を失った商店主、従業員こそ真の犠牲者ではないのかと怒りを露わにする。
 社会評論家ラリー・エルダー(黒人)も、「主流メディアはこれ以上『黒人指導者』というフレーズを使うべきでない。『白人指導者』とは誰も言わないはずだ。
 背後には、騙されやすく指針を欠く黒人には指導者が必要だ、という黒人一般を見下す発想がある」と指摘する。
 共和党の大統領候補の1人、脳神経外科医ベン・カーソン(黒人)は、パターナリズム(父親的干渉主義)に基づく黒人への「息が詰まるような政治的『同情』の振りまき合い」が、民主党のみならず共和党をも毒してきたとした上、特に共和党の課題として、「政治家を目指す黒人はみなオバマのような左翼だろうという固定観念から脱却」し、より積極的に人材を発掘すべきだと主張する。オバマ政権が一段と歪めたアイデンティティ・ポリティックス(人種、ジェンダーなど属性の対立を強調する政治)をどう是正していくか、次期政権の重要課題だろう。》