日本が朝鮮を支配していた一九一〇年から一九四五年までの三十五年間を、近年の韓国では「日帝強占期(イルチェカンジョムギ)」と呼ぶ。「日本帝国主義がわが国を強制的に占領した時期」の意である。以前には「日帝時代」や「植民地時代」の呼称があり、さらに以前には「倭政時代」や「日政時代」の呼称もあった。それが今では、韓国のワープロで「日帝時代」とか「植民地時代」と打つと、自動的に「日帝強占期」に転換されたり、赤い下線が表示されたりする。それは政治的に正しくない言葉ですよという警告である。
これではまるでジョージ・オーウェルの『一九八四年』の世界であるが、それが北朝鮮の歴史観の反映であることを知ったのは最近のことである。「日帝強占期」とは、つまり北朝鮮の「人民民主主義的」な史観によって眺められた韓国史の時代区分で、「日帝強占期」の後にくるのは「美帝強占期」で、今日の韓国は、北朝鮮流にいえば、アメリカ帝国主義の占領下にあるということになる。これは韓国の教育やメディアにおける北朝鮮の影響力を物語る事例の一つであるが、「美帝強占期」を口にするものはいない。それをしてくれたら、「日帝強占期」の呼称が北朝鮮流の時代区分であることが歴然とするのだが、「従北勢力」たるもの、そんな不用意なことはしない。
かくして、今日の韓国人は日韓併合期をナチス・ドイツによるフランス占領のごとき「軽さ」で考えるとともに、その関心はますます戦時期の「慰安婦」や「強制徴用」の問題に集中、韓国人は日本人の戦争にかり出された一方的被害者であるという議論ばかりが流布されている昨今である。日本帝国をナチス・ドイツになぞらえるというのは以前からよくある手だが、日韓併合期をナチス・ドイツによるフランス占領になぞらえるというのは比較的、近年の流行なのである。
だが、これでは歴史の歪曲である。そもそも、この時代の朝鮮は日本帝国に編入されていたのであって、占領状態にあったのではない。ナチス・ドイツによるフランス占領が四年間に過ぎなかったとしたら、日本による朝鮮支配は三十五年間も持続したのであり、韓国が外交権を失い、日本の保護国に転落した一九〇五年から数えると、それはさらに長くなる。またナチス・ドイツによるフランス占領期のフランスにヴィシー政権があり、独立が維持されていたとすると、この時期の朝鮮は日本帝国の一部を構成していたのであり、日本はこの地に自らの法や制度や言語を朝鮮の地に移植し、朝鮮人の日本人化を試みていた。だから、レジスタンスや連合軍によって解放されたとき、フランスが四年前の国家と社会体制に復帰することができたのにたいし、連合軍の勝利によって解放された朝鮮の地には、復帰するにも、大韓帝国(一八九七~一九一〇)の王朝や社会はもはや存在していなかったのである。
参考文献:鄭大均編『日韓併合期ベストエッセイ集』(ちくま文庫)
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