米国防総省は16日、周辺国の間で領有権をめぐる係争が続く南シナ海の国際水域で、米海軍の無人潜水機が中国に違法に奪取されたと発表した。発表によると、現場はフィリピンのスービック湾から約50マイルの公海上で、米海軍所属の船艇ボウディッチがオーシャングライダーと呼ばれる無人潜水機を使って塩分濃度、水温、水中音速などの海水データを収集していたという。ボウディッチが回収作業をしていた際、中国の潜水艦救難艦が500ヤード以内に接近し、2機のうち1機を、安全確認のため奪取したという。その後、米側の要請により事案発生の5日後に中国は返還した。この問題で浮かぶ法的論点を整理してみたい。
第1は国際法上の主権免除の問題である。国連海洋法条約第95条及び第96条で公海上の軍艦及び政府船舶は、いずれの国の管轄権からも完全に免除されることを規定する。他方、自立型の魚雷のような形状の水中無人機が、軍艦同様の絶対的免除を有するかについての議論はこれまで殆どされなかった。そこで参考に米海軍の国際法ハンドブックを見ると、「国防省が保有する無人機はすべて軍用航空機とみなす」とされるのとは異なり、「水中無人機は軍艦と同等ではないが免除を有する」とされ、飛翔体とは異なる表現がなされており考え方に一貫性がないことが伺える。
一般に水中無人機を含めた無人機を規定する条約や慣習法は存在しないため、その国際法上の地位は未確定といえるが、上記の議論はあるものの少なくとも他国の管轄権からの免除を有することに異論はないものと思料する。米国が中国の行為を「国際法違反」と非難したことは一部頷ける。
第2の点は、中国に米国の無人潜水機を奪取する権利があるかという点である。仮に、現場に母船が存在せず、無主物と判断されたなら、物体の所有権の確認のため揚収したとも言える。しかし、現場の500ヤード以内で米国の母船が楊収作業をし、さらに無線で連絡を取り合っていたのであるから、無主物と判断できる理由はない。国家の財産を勝手に奪取する行為は強奪と表現することも可能である。たとえ返却しても奪った事実は変わらない。返すつもりで他人の車を乗り回しただけでも窃盗罪は成立するのだから。
第3の点は、米国の活動は合法かという点である。米国の水中調査が海洋法条約第13部の海洋の科学的調査であれば、軍事活動とは異なり沿岸国の事前の許可や資料を公開する義務が生じる。ただし、本件の場合、現場海域はフィリピン沖で中国とは無関係であり、そもそも問題とはなりえない。また米海軍は世界各地で水中調査を継続しており、これまで法的な問題は提起されていない。
以上から、米国の軍事活動に落ち度はなくとも、中国は国際法上の未成熟な箇所に付け入り、南シナ海での水中データ収集に対し強烈な警告を発したと言えるのではないか。今後も、海洋だけでなく宇宙やサイバーなど法が追い付かない部分は、中国の法律戦の対象として要注意ということである。国際社会は、さらに議論を深め、国際法の穴を埋めていく努力をすべきだろう。
国基研ろんだん
- 2024.12.23
- 政治力学の変化がもたらした原発の活用 有元隆志(産経新聞特別記者)
- 2024.12.23
- シリアの化学兵器廃棄に日本は貢献できる 黒澤聖二(国基研企画委員兼研究員)
- 2024.12.23
- 韓国の内政混乱を憂える 荒木信子(朝鮮半島研究者)
- 2024.12.19
- アサド政権崩壊で弱体化する4カ国枢軸 湯浅博(国基研企画委員兼研究員)
- 2024.12.09
- シリア政権崩壊はロシアのブーメラン 太田文雄(元防衛庁情報本部長)
- 2024.12.03
- 大戦略を欠くトランプ氏の「力による平和」 冨山泰(国基研企画委員兼研究員)
- 2024.12.02
- 選択的夫婦別姓導入で野党に譲歩するな 有元隆志(産経新聞特別記者)
- 2024.11.18
- 本当の「年収の壁」 本田悦朗(元内閣官房参与)
- 2024.11.14
- インドは途上国の反米化の阻止役 近藤正規(国際基督教大学上級准教授)
- 2024.11.13
- トランプ政権復活を歓迎するインド 近藤正規(国際基督教大学上級准教授)