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2017.02.01 (水) 印刷する

アベノミクス、唱えるだけでは前に進まず 大岩雄次郎(東京国際大学教授)

 2012年12月に発足した第2次安倍内閣が掲げたアベノミクスも5年目に突入した。2015年9月には第2次ステージに移ると宣言し、「新3本の矢」(希望を生み出す強い経済、夢を紡ぐ子育て支援、安心につながる社会保障)を番えたが、第1次ステージの「3本の矢」(「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「投資を喚起する成長戦略」)の成果はどうなったのか。
 アベノミクスの「1丁目1番地」と位置付けられた「成長戦略」は、誰の目にも「不発」と映る。第2次ステージどころか、この4年間は、大胆な金融緩和政策の論議に明け暮れ、未だに日銀の政策動向に一喜一憂している始末である。

 ●目につくデフレ脱却の遅れ
 では、アベノミクスはどれほどの政策効果をもたらしたのか。
・総務省が2017年1月27日発表した2016年平均の全国消費者物価指数(2015年=100)は、価格変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が99.7となり、前年比0.3%下落した。4年ぶりのマイナスとなり、日銀による異次元緩和が始まった2013年以降では初めて前年を下回り、デフレ脱却の遅れがはっきりした。
・厚生労働省は2017年1月6日、2016年11月の毎月勤労統計調査(速報値、従業員常時5人以上)を発表した。それによると、賃金から物価の変動分を差し引いた実質賃金は前年同月比0.2%減で、2015年12月以来11カ月ぶりのマイナスだった。現金給与総額は27万4778円で前年同月比0.2%増だが、消費者物価指数の前年同月比が0.4%上昇し、実質賃金を引き下げた。実質個人消費(前年同月比)も9カ月連続のマイナスである。
・2016年12月8日に内閣府が発表した2016年7~9月期GDP(2次速報)によれば、実質GDP成長率(季節調整済前期比)は前期(4~6月期)比 0.3%増、年率換算で 1.3%増と3四半期連続のプラス成長となったが、名目GDP成長率は同期比0.1%増(年率0.5%増)となり、2014年度以降続いていた、名目成長率が実質成長率を下回る状態(名実逆転)に再び陥っている。さらに今回の公表に伴う改訂によって2016年4~6月期も名実逆転という結果になった。これらはGDPについての物価指数であるGDPデフレーターの伸びがプラスからマイナスへと再び転じたことを意味する。
・2017年1月25日に経済財政諮問会議が提出した「中長期の経済財政に関する試算」では、内閣府が新年度予算案を反映させて改めて試算した結果、今後、名目で3%程度の高い経済成長が続くことを前提にしても、2020年度の「基礎的財政収支」は8兆3000億円程度の赤字が見込まれるとしている。去年7月時点の試算では5兆5000億円程度の赤字であったが、今年度の第3次補正予算案で税収の見込みを大きく引き下げた影響で、赤字額が2兆円以上拡大することになった。

 ●「好循環」実現に構造改革を
 政府は、財政健全化の中間的な目標として2018年度の「基礎的財政収支」の赤字額をGDPの1%程度に縮小することも目指しているが、これについても、内閣府は赤字がこれまでの1.9%程度から2.4%程度に悪化すると試算している。
 以上の経済情勢を見ると、企業の業績改善が雇用の拡大や所得の上昇につながり、さらなる消費の増加をもたらすというアベノミクスの掲げた「経済の好循環」は未達であるのは明らかである。
 政府は、「経済再生なくして財政健全化なし」を基本とし、600兆円経済の実現と2020年度の財政健全化目標の達成の双方の実現を目指す、としている。そのために、内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」で想定されている「経済再生ケース」は、「デフレ脱却・経済再生に向けた経済財政政策の効果が着実に発現することで、日本経済がデフレ前のパフォーマンスを取り戻す姿を試算したものである。中長期的に経済成長率は実質2%、名目3%以上となる。消費者物価上昇率(消費税率引上げの影響を除く)は、中長期的に2%近傍で安定的に推移する」として、以下の前提を置いている。
・全要素生産性(TFP)上昇率が足元の水準(2015年度:0.8%)で2016年度まで推移した後、2020年代初頭にかけて2.2%程度まで上昇する(この数値は、日本経済がデフレ状況に入る前の1983年から1993年のTFP上昇率の平均)。
・「平成 27年度雇用政策研究会報告書」の労働力需給推計を踏まえ、女性、高齢者を中心に労働参加率が2015年度から2025 年度にかけて徐々に高まっていく。

 ●思考停止状態から脱却せよ
 要するに、経済再生には生産性の向上が不可欠であるとの認識の上に、この「試算」が成立している。換言すれば、経済再生には、生産性の改善を前提としているのである。持続的な「経済の好循環」を実現するには、生産性改善に裏打ちされた実体経済の回復が不可欠である。それは財政・金融政策ではなく、構造改革が必要であることを意味している。アベノミクスを唱えることで陥っている一種の思考停止から脱却し、実効性のある成長戦略の実現に目を向けるときである。