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国基研ろんだん

2017.02.07 (火) 印刷する

東欧でも高まるトランプ政権への懸念 三好範英(読売新聞編集委員)

 トランプ米新大統領の一挙手一投足に世界の注目が集まる中、最も強い懸念を持って見ているのが東欧諸国(バルト3国を含む)だろう。果たして米国はこの地域の安全保障にこれまで通りの明確な関与を約束してくれるのか――。
 欧州連合(EU)加盟国の政治家17人が1月10日、トランプ氏に書簡を送り、新政権スタート後も米国は「対ロシア制裁を継続し」「ウクライナの分割を受け入れてはならない」と訴えた。書簡には、シコルスキ元ポーランド外相、フレイベルガ元ラトビア大統領、イルベス前エストニア大統領、ビルト元スウェーデン首相、そして現職のプレブネリエフ・ブルガリア大統領など、東欧諸国を中心に欧州の有力政治家が名を連ねている。
 第2次世界大戦以降、これらの国々は、共産主義ソ連の占領と圧政に苦しんだ歴史を持つ。ベルリンの壁崩落で、やっと自由を取り戻したものの、ウクライナ危機を引き起こしたロシアは、再び干渉を強めようとしている。とりわけバルト3国は国内に多くのロシア系住民を抱えるなどウクライナとは類似した環境下にあり、不安を募らせている。

 ●不透明感漂う米-NATO関係
 これら諸国の安全保障の拠り所は北大西洋条約機構(NATO)であり、とりわけ米国の軍事的プレゼンスが頼りだ。宿願のNATO加盟は1999年から2009年にかけてと日は浅い。ようやくロシアに対抗する後ろ盾を得たというのに、今度は肝心の米国によって安全保障の屋台骨が揺らぐ事態に直面している。トランプ氏はNATO体制を「時代遅れ」と評して見直しを示唆し、ロシアのプーチン政権に接近する姿勢も見せているからだ。
 現時点でトランプ政権の外交方針を判断するのは早計に過ぎよう。ポーランド外交筋は、「米新政権の外交はまだ声明とツイートの束に過ぎない。多くの声明は矛盾に満ちている。首尾一貫した外交ビジョンが示されるのを待ちたい」と語った。
 とはいえ安全保障に関して新政権は、移民や貿易問題で大統領令を乱発するような突発的政策変更は行わないとする楽観論も聞かれる。エストニア外交筋も、「不安がないと言えば嘘になる」と前置きしつつ、「トランプ氏が使うレトリックほどには実際の変化は急激なものとはならないだろう」と見る。
 ポーランド外交筋も、「トランプ氏が日本の安全保障に『揺るぎのない(ironclad)関与』を確認したように、NATOに関しても重要だとするメッセージを出している。米大統領にとっても変えることが難しい政策はある」と語った。
 ただ、懸念を和らげるシグナルばかりではない。欧州議会最大会派・欧州人民民主党のシンクタンク「欧州研究センター」の政策ディレクター、ロラント・フロイデンシュタイン氏は、「今後ロシアを巡り、米政府内、政府と議会の多数派である共和党との間で政治的な抗争が起き、混沌やジグザグコースに直面することになるだろう。EUは『戦略的な忍耐』を考慮に入れなければならないかもしれない」と不安定な新政権の政策は当面続くとの見方を示した。
 第1次世界大戦後の欧州には、ロシアやドイツと力の均衡を図るためポーランドが提起したバルト3国、東欧、バルカン諸国による地域同盟構想があった。今も欧州のメディアでは、ロシアに対抗するため類似の同盟復活を打ち出す考えも見られる。しかし優先すべきは、やはり米国のNATOへの関与を引き続き安定的に維持することだ。
 エストニア外交筋は、同国がアフガニスタン、イラク、イスラム国での軍事行動や復興支援、さらにはサイバーテロ対策でも役割を果たしてきたと指摘、オバマ政権時代から求められてきた「国防費の国内総生産(GDP)比2%支出」を達成していることも強調した。同筋は、「米新政権と接触を持ち、こうした点を伝えた。我が国に反トランプ感情はない。反トランプデモも起きていない」と付け加えた。東欧諸国は当面、NATOを通じて果たしてきた貢献をあらゆるルートを通じて新政権に伝え、米国を現実的な方向に誘導することを試みるだろう。

 ●注目されるドイツの動向
 その次に重要なのは、対ロシア脅威認識の点で東欧諸国ほど切迫感がない西欧諸国の関与をつなぎ留めることだ。特に欧州での比重が高まるドイツの動向がカギになる。
 1月26日に早稲田大学で行われた「日・バルトセミナー」に出席したラトビア国際問題研究所のカールリス・ブコヴスキス副所長は、ドイツがどこまで東欧地域の安全保障に責任を果たす用意があると見ているのか、という私の質問に対し、「戦後ドイツは確かに自己認識の面でも脱軍事化されてきたから、実際に戦闘の矢面に立つことはドイツにとって試練ではある。しかし、同時にEUの境界はドイツの境界になったとの認識は高まっている」と語った。ドイツにも欧州安保への責任感が生まれてきている、という認識だった。
 他方で、同セミナーの出席者、エストニアのポスティメース紙外報部記者のユハン・メッリク氏は同じ質問に、「それはわからない。というのは、我々は第2次世界大戦の前、ドイツとロシアがディール(取引き)した(独ソ不可侵条約)という歴史を知っているからだ」と答えた。
 ただ、行方を占うカギは、今年9月24日に行われるドイツ総選挙にあるという点では見解が一致した。親プーチンの姿勢を示すことをためらわない右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が大きく伸びたり、社会民主党(SPD)主導の左派政権が発足したりすれば、対ロシア関係で見直しが行われるだろう。
一方、メルケル首相が4選を果たせば、「ドイツ自身とEUをロシアの影響から守ろうとする政策は強固だろう」(ブコヴスキス氏)。
 フロイデンシュタイン氏も、ロシアがサイバー攻撃などによって欧米諸国の選挙に干渉していることが強い反発を買っていること、ドイツ連邦軍がリトアニアに派遣されるNATO部隊の主力となることなどを指摘した上で、「SPD主導の新政権ができれば、独露関係の『新たなスタート』が行われるかもしれないが、メルケル政権であればロシアに厳しい政策では大きな変化はない」と見る。やや懐疑的な見方を含みながらも、欧州の安保関係者はおおむね欧州の結束が維持されると見ている。

 ●日本も注視必要な欧州情勢
 戦後の米国の世界戦略は、ソ連(ロシア)、中国という二つの大陸国家の封じ込めを主な目的に、太平洋をはさんだ極東(日本、韓国)、大西洋をはさんだ欧州への米軍配備という前方展開戦略を基軸にしてきた。トランプ新政権の世界戦略は、対ロシア関係の「リセット」と、対中関係の強硬路線を基調にすることが次第に明らかになっている。今後、トランプ政権が日米同盟とNATOに対し、同じように責任分担の増大を求めてくるのか、あるいは対応を使い分けてくるのか。果たして欧州が結束を保てるのかどうか。日本としても安保上の視点から欧州情勢を引き続き注視することが重要だ。