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2017.02.13 (月) 印刷する

米国抜きでもTPPが必要ないくつもの理由 大岩雄次郎(東京国際大学教授)

 一縷の望みもむなしく、11日の日米首脳会談後の共同声明で、米国は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)離脱決定で翻意する意思のないことが決定的となった。これにより、わが国の成長戦略も見直しが必至となっている。
 今後の日本の平和と経済的繁栄には、アジア太平洋地域に自由で開放的、かつ透明性の高いルールを体現したアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の実現が必須である。このままTPPが頓挫した場合、その発展形ともいえるFTAAPの実現も脅かされ、政治的、経済的損失は計り知れない。

 ●中国牽制に不可欠な高レベル協定
 米国が離脱してもTPPが必要とされる理由はいくつもある。一つは、中国への牽制である。改めて言うまでもなく、TPPが実現されない場合、中国が主導権を狙う東アジア地域包括的経済連携(RCEP)が現状で構想されている唯一の広域自由貿易協定(FTA)となり、一段とクローズアップされることは避けられない。
 しかし、RCEPはTPPに比較して自由化率もルールのレベルも低い。高い要求を満たせない開発途上国はRCEPに参加しやすいが、RCEPがFTAAPの原型になるようだと、自由化レベルの低さから米国など主要国の参加は将来的にも期待できない。中国に主導される可能性は高く、歪んだものになり兼ねない。
 この点は、今回の共同声明で、「日本及び米国は、両国間の貿易・投資関係双方の深化と、アジア太平洋地域における貿易、経済成長及び高い基準の促進に向けた両国の継続的努力の重要性を再確認した。また、米国がTPPから離脱した点に留意し、両首脳は、これらの共有された目的を達成するための最善の方法を探求することを誓約した。これには、日米間で2国間の枠組みに関して議論を行うこと、また、日本が既存のイニシアチブを基礎として地域レベルの進展を引き続き推進することを含む」とされたが、米国が主体的に参加しない以上、わが国に課せられた責任は一層重要性を増した。

 ●国内改革を遅らせないために
 TPPの後退もしくは頓挫は、経済再生と持続的な成長に不可欠な国内改革を遅らせるのみならず、TPPがもたらす成長の機会を逸する結果となる。
 TPPの特徴は、これまでのFTAや経済連携協定(EPA)以上に「モノ(関税)」だけでなく「サービス」「投資」などで、高い水準の貿易自由化を要求することである。
 日本生産性本部の有識者会議「経済成長フォーラム」(座長、大田弘子政策研究大学院大学教授)が2016年1月12日に発表した「企業経営者緊急アンケート調査報告」でも、TPPの大筋合意を9割の企業が評価した。その上で、「日本にとってのTPPの最大のメリット」として23.0%が「国内の構造改革が促進される」を理由にし、「TPPを日本の成長に活かすために政府が最も優先的に取組むべき政策分野」として上げた最多の回答は、「規制改革」(24.2%)であった。
 しかし、現実の日本のビジネス環境はどうか。政府の『日本再興戦略2016』(内閣府)では、2020年までに世界銀行が毎年行うビジネス環境ランキングで先進国中3位以内に入ることを目標に掲げていたが、世界銀行の『2017年ビジネス環境ランキング』(2016年10月25日)では、世界190カ国・地域の内、日本は34位にとどまっている。前年の32位(改定値)より順位はさらに2つ落としている。
 経済協力開発機構(OECD)加盟35カ国でみても日本は23位にとどまっており、規制改革が依然として不十分であることを示している。

 ●グローバル化の遅れ取り戻せ
 わが国のサービス産業(第3次産業)の国内総生産(GDP)、雇用のシェアはそれぞれ7割程度を占めるが、労働生産性の水準は米国の6割程度に留まる。この原因のひとつは、グローバル化の遅れにある。海外進出によって各国の民族性や国民の噌好を学んだり、ブランドカを強化したりすることは、インバウンドでのサービス産業の一段の活性化にもつながる。『「日本再興戦略」改訂2015』(内閣府)でも「サービス産業の労働生産性の伸び率が、2020年までに2.0%(2013年0.8%)となることを目指す」とされており、TPPはその強力な手段となる。
 改革がもっとも必要なのは農業分野である。残念ながらTPP交渉では、日本は農産物関税に関し、コメ、麦、乳製品、砂糖、牛肉・豚肉という5項目について関税を撤廃しない方針で臨んだ結果、他の締約国と比較して多くの品目(全体の19%)で関税を維持した。このため直接的な国内改革には直結しないが、他国の農産物関税が撤廃されたり、検疫の透明性が向上や農産品の地理表示(GI)保護などが進むことで、農産物の輸出拡大のチャンスが広がる。
 TPPを梃子に農業を成長産業とすることは可能であるし、改革しなければ日本農業の衰退は目に見えている。
 ハードルは高いが、日本はアメリカ抜きでもTPPの実現を目指すべきだ。そのことは今後アメリカが要求してくるであろう2国間のFTA交渉でも重要な戦略手段となり得る。国内産業を再生させる改革の戦略的かつ画期的な手段ともなる。日本の経済再生を通して、世界に公正で自由な経済圏を拡大するためにも、政府はその実現に全力を尽くしてほしい。