米国のドナルド・トランプ大統領が11月、日本と韓国の訪問を終え、中国に降り立つころから、日本では静かなため息が広がったのではないだろうか。
案の定、韓国を離れるころから北朝鮮に対する大統領の厳しい発言は鳴りを潜め、この話題が取り上げられる頻度も急速に減っていった。
トランプ氏は北京に降り立って突然トーンを変えたように見えるが、私は、ある種の既視感に襲われていた。というのも今年3月のレックス・ティラーソン米国務長官のアジア歴訪とよく似ていると思ったからである。
あのときもティラーソン氏は日本では北朝鮮問題について吠え、韓国ではさらにボルテージを上げて北朝鮮をけん制したかと思ったら、北京に着いたとたんにトーンダウンした。
覚えておいでの読者も多いと思うが、板門店を訪れたときにティラーソン氏は日本と韓国の核武装の可能性にまで言及し、まるでこれから訪れる中国に強いプレッシャーをかけると予告したかのようにも受け取られていたのである。
同じようなことが2度も起きたのだから、私たちは学ばなければならないだろう。
●双方ウインウインの及第点
さて、その中国で米中首脳はいったい何を話し合ったのか。中国の鄭沢光・外務次官の行った説明から見てみたい。
日本では北朝鮮問題と総額2500億ドル(約28兆円)の契約ばかりが取り上げられたが、いうまでもなくメインテーマは米中関係であった。曰く、「(米中両首脳は)米中が世界平和と安定、そして繁栄に広く共通する利益と重要な責任を有し、米中関係の在り方は全地球規模で影響をもたらし、米中関係が間断なく発展し続けることは両国国民の利益に符合するだけでなく、世界にとっての普遍的な期待でもあるとの認識を示した」という内容だ。
日米、米韓という2つの同盟関係と違い、米中では、まず互いに敵ではないという関係を確認することから始めるのは当たり前といえば当たり前だ。
新型大国関係という言葉は使わなかったが、今回の米中首脳会談では、およそウインウインの及第点を中国が獲得した形だろう。
その後やっと両国は激しい論戦が行われる4つの部屋(外交・安保、経済、社会・人文、司法・サイバー)へと降りてゆくのである。
●「一帯一路」を理解できぬ日本
中国は米国から、銀行・証券、保険の市場を開放し、自動車の関税を下げ、トウモロコシを原料としたエタノールを買い、輸入品に対する増値税(付加価値税の一種)の免除を復活させろと迫られ、中国は米国にWTO(世界貿易機関)議定書15条を守り中国企業の米国での投資環境を改善せよと求めたようだ。この後にやっと出てくるのが2500億ドルの契約の話だ。
米中が達成した実り豊かな商業上の成果のなかには、習近平主席の「一帯一路」構想も含まれている。日本では、いまだこの成果に対する具体的な評価が進んでいない。
報道では、「一帯一路」構想に対しては、トランプ氏が「インド太平洋」戦略を掲げて巻き返しを図ったことになっているが、これは外務省の説明をそのまま垂れ流した記事というべきだろう。誰(どの国)が具体的にイニシアティブをとり、誰が資金を提供――これが最も重要――し、「一帯一路」とは別の戦略をわざわざ進めなければならないのか、明確な説明もないからだ。
これならばヒラリー・クリントン氏が2011年に提唱し、最終的に「一帯一路」に飲み込まれた「新シルクロード戦略」の方がはるかに理由は明確であった。ちなみに「新シルクロード戦略」はイランとロシアの孤立化と分断が目的で、それ自体は日本の国益とは重ならない。
●優先度低かった北朝鮮問題
「新シルクロード戦略」に対抗してロシアのプーチン大統領が提唱した「ユーラシア経済同盟」も、2015年には「一帯一路」との連携が合意され、実質的には飲み込まれている。「一帯一路」は、その他、各国・地域が主導してきた経済圏構想をも次々と飲み込んで形成されてきた。これに対して、中国も決して反対していない「航行の自由」を掲げて「海」で対抗したとして、中国の何をけん制できるというのだろうか。
そもそも「一帯一路」は、成功すれば沿線国に大きな経済発展のチャンスが訪れる経済圏構想である。その失敗を願うような行動を取るような日本と一緒に「一帯一路」の足を引っ張る国がどれほどいるのか。
居並ぶ独裁国家群は、「その代わりに日本は何をしてくれるのか」と問うだろう。日本は、各国を満足させられる資金やアイデアがあるのだろうか。
最後に、日本が興味を示す北朝鮮問題はどうだったかといえば、南シナ海問題と並べて終わりの方で触れている程度だ。この扱いをどう受け止めるかについては意見が分かれるだろうが、日本のメディアを見ていても、そのことがまったく伝わらないことが問題なのだろう。