米国のトランプ大統領が11月8日から10日にかけて中国を初めて訪れた。習近平国家主席と米中首脳会談を行い、北朝鮮、金融、南シナ海、台湾などの諸問題について意見を交わした。双方とも「大きな成果があった」としているが、メディアで報じられた内容を見る限り、実質的な進展はなく、交渉は中国のペースで進められた。トランプ氏はむしろ中国にしてやられた感がある。
●28兆円で批判封じた中国
トランプ氏が最優先課題に置いた北朝鮮問題では、両首脳が北を核保有国と認めないことで一致したと発表した。しかし、これは中国の長年の持論を確認したにすぎない。中国が北朝鮮に対して具体的にどのような制裁強化を行うかは全くみえない。米国が求めている石油の全面禁輸については、中国がいまも明確に反対している。習氏は、「圧力より対話が重要」とする従来の主張を繰り返した。
中国は15日、習主席が北朝鮮に特使を派遣すると発表した。トランプ大統領は早速、「大きな動きだ。何が起きるか見てみよう」とツイッターに書き込み、あたかも自分の訪中成果のようにアピールした。しかし中国側は、特使派遣の主目的は「共産党大会の説明」としており、むしろ中朝の関係回復に向けた動きとも見える。
そもそも、習氏は4月に訪米した際、北朝鮮問題では米国に協力すると約束した。トランプ氏も習氏に強い期待を寄せたが、ほとんど効果はなかった。その後、北朝鮮はミサイル発射と核実験を繰り返し、北東アジアの緊張は高まるばかりだった。
米国が対ドルでレートを低く抑えていると批判してきた人民元問題についても、トランプ氏は具体的な約束を取り付けられなかった。総額2500億ドル(約28兆円)の商談を訪中のお土産として持たされ、批判は封じられた形だ。南シナ海や台湾の問題、それに米国がいつも口にしていた人権問題についても、ほとんど平行線をたどった。
●2人で世界を分け合うのか
トランプ氏が最もよく口にしている「米国を再び偉大にする」は、習氏の政権スローガン「中華民族の偉大なる復興」によく似ているといわれている。大統領選挙の期間中、トランプ氏が中国の外交、金融政策などを厳しく批判したことから、米中が本格的に対立する時代が始まるとする見方が多かったが、ふたを開けてみれば、その気配はあまりうかがえない。
2人の言っている内容をよく吟味すると、それぞれの目指す方向が違っていることがわかる。トランプ氏がやりたいことは、あくまで米国の経済再生である。今回のアジア歴訪でも、米国製品のセールスに専念した。ベトナムで行った講演でも、南シナ海問題や航行の自由などにはほとんど触れず、各国に「市場を開け」と迫る内容が中心だった。
一方、習氏が目指しているのは、外洋拡張と覇権の確立である。10月24日に閉幕した中国共産党大会でも、今後の目標に言及する中で経済分野の話題は少なく、「社会主義強国を建設する」「人民解放軍を世界一流の軍隊にする」といった言葉が繰り返された。
トランプ氏も習氏もディール(取り引き)が大好きだ。訪中の初日、習氏は北京の故宮博物館から観光客を追い出し、貸し切りの状態にしてトランプ氏を招待した。かつて皇帝が散歩した広大な白い石畳の庭を案内しながら、習氏はトランプ氏に、「広い太平洋には中国と米国を受け入れる十分の空間がある」と語り、その様子が国営中央テレビを通じて中継された。「(米国の)経済再生に協力するから、アジア太平洋での(中国の)拡張を見逃してくれ」と言っているようにも見えた。
インターネット上には、「まるで東の皇帝が西の皇帝に対し、2人で世界を分け合おうと提案したようだ」といった書き込みがみられた。アジア諸国の権益を無視して、トランプ氏と習氏のディールが成立することに日本は気を付けなければならない。