公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2017.11.24 (金) 印刷する

「板門店の亡命兵」から分かったこと 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

 北朝鮮の兵士が板門店から韓国に亡命し、国連軍は22日、監視カメラの画像を公表した。
 報道によれば、兵士は亡命の際に銃撃され韓国側の手当てで一命は取り止めたが、一連の救命手術で、兵士の消化器官からは数十匹の寄生虫が摘出された。長いものでは30cm近くもあったという。
 北朝鮮軍でもエリートを配しているとされる板門店の警備兵ですら、過酷な衛生状態に置かれていると推測される。北朝鮮の衛生状況は、日本の「昭和20年代のレベル」にあるようだ。韓国軍によれば、板門店からの北朝鮮兵士の亡命は1998年2月、2007年9月に次いで3例目だが、北朝鮮軍内の規律が緩みつつあるのではないか。
 今回の亡命事件から、心に浮かんだ2つの法則を取り上げ、北朝鮮の今後を占ってみたい。

 ●ハインリッヒの法則
 1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、さらに、その背景には300の異常が存在するという。「ハインリッヒの法則」と呼ばれるものだ。今回の事件の背後には約30の軽微な類似事件が疑われ、さらに未遂事案が300件はあることになる。日本海沿岸ではこのところ北朝鮮からと思われる小型木造船の漂着が相次いでいる。今月も7日に新潟県の佐渡島で、22日に山形県で、23日には秋田県で漂着船が発見されている。秋田で発見された木造船には男8人が乗っており、「北朝鮮から来た。漁をしていて船が故障し、流された」と話しているという。
 昨年も、4月に中国の北朝鮮国営レストランから集団脱走した女性従業員13人が韓国入りして話題になった。翌5月には前在韓米軍司令官が「北朝鮮の崩壊は、より早まるかもしれない」と米軍機関紙『星条旗』で表明し、8月には北の駐英大使館公使までが亡命している。

 ●第三世代効果
 次いで思い浮かぶのは「第三世代効果(The Third Generation Effect)」という言葉だ。これは筆者がアメリカの大学院で学んでいた時に読んだ『世界の政治における戦争と変化(War & Change in World Politics)』の中にあった。
 著者の米国際政治経済学者、ロバート・ギルピン氏によれば、「初代は富を築くのに苦労し、2代目の世代は、先代の苦労を見て知っているので、それを維持するが、3代目は初代の苦労を知らないために食いつぶしてしまう」ということだ。そういえば日本にも、「売り家と唐様で書く三代目」ということわざがあった。
 金日成は、朝鮮戦争を戦ったので米国の怖さをよく知っているが故に、1993~94年の第一次核危機に際して、自らが出て来て戦争回避のために譲歩した。金正日は、父親の苦労を知っているので、なんとか体制を維持できたが、その息子の金正恩は苦労知らずで、意外と彼の代で北の崩壊が始まるかもしれない。
 一方で、「独裁国家は簡単に崩壊しない」ともいう。北朝鮮自壊論は、筆者が米国で防衛駐在官を務めた1990年代から米情報コミュニティーでは囁かれていた。だが、北はいまだに崩壊しないどころか、核や弾道ミサイルの開発により国際社会を脅かす存在にすらなっている。楽観論は禁物だ。いつ半島有事が起こってもいいよう、常に備えておかなければなるまい。